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「どうしたの?仁」
心の中に渦巻く欲望を億尾にも出さずにマックスは訊ねる。
「う、ううん。
…俺も手伝おうと思って」
マックスの平気な顔に、慌てた様に影野はマックスの服を放す。
「そう?じゃあ、お願いしようかな。
ボク、テーブル拭いてるから、仁はコーヒー持ってきて」
「うん」
マックスは先に自分の部屋に戻ると、テーブルには目もくれずに急いでエアコンの温度をいつもの設定より三度上げる。
それからゆっくりとテーブルを拭き出す。
そこに影野がコーヒーを抱えてやってきた。
温度を上げたのは無事バレなかったようだ。
「んじゃ、もう一回乾杯」
ベッドに寄り掛かって二人並んでコーヒーマグを合わせる。
コチンと音をさせて、ゴクリと一口飲んでからマックスはテーブルにマグを置いた。
そして影野の隣ではなく、影野の斜め後ろ、ベッドの上に腰掛ける。
「ねえ、こっち来てよ」
ベッドの上に腰掛け、足を大きく広げて、その前を叩く様子は、
影野に自分の前に座れって意味していた。
その意図をすぐさま理解した影野は、耳を赤くして、少し躊躇する。
でも、すぐマグを抱えたままマックスの前に移動してくる。
その初々しい様子も可愛くて仕方ない。
マックスの前の床に体育座りでチョコンと座ると、影野は照れたようにコーヒーをごくごく飲みだす。
「照れてるの?
可愛い」
そう言って後ろから抱きつくと、
「ひゃあ」
って声を上げて、影野は思わずコーヒーを溢しそうになる。
「危ないから除けておこうね」
そう言ってマグを後ろから取り上げると自分達から大分離れた所に置く。
「じゃ、気を取り直して」
もう一度後ろから抱きしめると、影野は体をぎゅっと硬くする。
首筋に顔を寄せれば、
「んっ」
と可愛らしい声を漏らすも、体を固まらしたまま顔を逸らす。
逸らした顔を手で扇いでいる。
「暑い?」
耳元でそう訊ねれば、こくこくと何回も小さく頷く。
そんな影野の様子に、
部屋の温度と、コーヒーの効果を知っているマックスは少し意地悪な気分になってくる。
「ごめん、ボクがくっついてるせいだね。
少し離れよっか?」
そう言って体を少し離すと、途端に影野が振り返る。
「え?」
思い掛けないって調子の声は予想通りで、内心ほくそ笑む。
「あれ、暑いんじゃないの?」
わざと驚いた顔で訊くと、影野は顔を赤くして俯いてしまう。
「えっ!あ、あの…そのね…」
そうごにょごにょ言った後、小さな声で呟いた。
「平気、だから…あの…」
マックスの腕の袖を掴んで、俯いてそう呟く。
期待の眼差しで言葉の続きを待つが、いつまで経っても続きが出てこない。
影野はそこまで言うと恥ずかしそうに口篭ってしまっている。
――十分可愛いから、ま、いっか。
「ぎゅって、しててもいい?」
顔を後ろから覗きこめば、さっきみたいに顔を赤くして何度も小さく頷く。
「良かったぁ」
そう言ってもう一度思いっきり抱きつけば、影野が今度はゆっくりと後ろに体重を掛けてくる。
今までいつだって触れ合う時は、体を硬くしてるばかりだった影野が、
ほんの少しだけど自分に甘えたように体を預けている。
それが愛おしくて、ゆっくりと影野の髪を撫でる。
いつもは自分より高い位置にある影野の頭が今は自分の顔より低い位置にある。
しかも自分に甘えたように寄り掛かって。
それだけで、幸せで欲望が溶けてゆく。
後ろからくっついて、
髪を撫で、
首筋に顔を埋めれば、影野の匂いがする。
大きいのに細っそりとした手を撫でると、しっとりとして手に馴染む。
いつまでもこうして二人でいたい。
「仁」
「ん?」
「好きだよ」
そう呟いて、もう一度ぎゅっと抱き締めると、やっぱり影野は体を硬くする。
それが影野らしくて、マックスは少し笑うと安心させるように髪を撫でる。
でも、さっきまでみたいに体を預けるどころか落ち着かないみたいに体を揺すりだす。
「どうしたの?」
「べ、別に」
「そ?」
明らかに「別に」なんでもないって感じでは無い影野を余所に、マックスは首筋に顔を埋める。
「あー、ずっとこうしてたいね」
「ずっと!?」
和やかな幸せに浸っているマックスは、てっきり同意してくれるものだとばかり思っていたから、影野の驚きの声にびっくりしてしまう。
「もしかして重たい?」
「う、ううん」
マックスの影野を気遣う言葉に、慌てて否定するも、何か言いたそうに俯いてしまう。
「じーん、言いたいことがあるんならちゃんと言ってよ?」
後ろから顔を覗き込むと、
そこには下唇を噛んで悲しそうな影野の顔があった。
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