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「これでもボクだって仁を傷つけた事、気にしてんの!
ボクはさ、ただ仁がボクと仲良くなろうと頑張る姿が可愛くって仕方無かったの!
ボクが気づいてないと思って、ボクを見る為にどんどん近づいてくるとことか。
普通に輪に混じって談笑するとか、面白すぎるデショ!?
甘いもの好きのボクの為にどんどんゴージャスになってくお菓子とか。
毎回毎回、仁の名前が小さく入ってって、特にロールケーキに巻物みたいに名前を書いた紙を巻き込んであった時とか思わず噴出しちゃったしさ!
好きな子が自分の為に頑張る姿、もっと見たいって思っただけだったの!
ボクが気づいたら終わっちゃうと思ったから無視したの!
あんな事で傷つくと思わなかったんだからしょうがないじゃん!
イケナイ!?」


隠していたものを見せてしまった松野君は饒舌です。
松野君は恥ずかしいのか、いつもより少し早口でどれだけ影野君が可愛く思っているかを語ります。
影野君はその勢いに少しタジタジです。
全く口を挟めず圧倒されていましたが、最後にいいかどうか訊かれたので影野君は答える為に口を開きます。


「…気にしてるなら、そう言ってくれれば良かったのに」

「ボクが謝るとか出来る訳ないデショ!?」

松野君は影野君の言葉に被りぎみに噛み付きます。


「…謝って欲しいとは言ってないよ?」

「だって逃げたじゃん!」

松野君はまたも影野君の言葉を遮るように言います。


「教室でも周りに助け求めたじゃん!
さっきだってボクの姿見て、逃げ出したじゃん!」

そう叫ぶ松野君は耳が真っ赤です。
耳だけじゃなく、松野君の大きな目も少し赤く染まっています。

影野君は知らない間に松野君を傷つけていたのです。
傷ついている事さえ松野君は平然とした顔で隠していたのです。

それを知った影野君は困惑します。
だって教室での事は、周囲の人に助けを求めたわけではありませんでした。
ただ、ドキドキして苦しくて我慢できなかっただけなのです。
逃げた理由だって同じです。


「…ゴメン。
俺、ただドキドキしちゃって苦しくてどうしていいか分からなかくて逃げただけなんだ。
そんな事で松野が傷つくと思わなかったんだ」

素直な影野君は松野君と違って、すぐ松野君に謝ります。
松野君に頭を下げた状態で影野君は気づきました。
今、影野君が口にした言葉は、さっき松野君が言った言葉にそっくりだと。


「傷ついてないし!
それに謝って欲しいなんてボク言ってないデショ!?」

そして松野君から返ってきた言葉もなんだか既視感のあるものでした。
影野君はなんだか可笑しくなってきました。
自然と笑みが零れます。


あんなに不思議で怖かった松野君が、あっという間に自分となんら変わらない存在に変わってしまったのです。


……松野も俺と同じように失敗をして後悔をして、そして初めての事に緊張だってするんだ。


そして影野君は自分自身も気づかない内に人を傷つける可能性を知ったのです。
人と関係を築く事がどんな事が影野君は改めて知ったのです。

それでも影野君は思いました。


――それでも、松野と一緒がいい、と。


「うん。
…俺ね、初めてを沢山くれる松野の事が好きで、でも少し怖かったんだ」

怒っていた松野君も、影野君がニコニコと無自覚に想いを伝える様子に毒気を抜かれたようです。


「…あー、また仁得意の『話の流れぶった斬り』が出てるし。
なんかボク、仁には敵わない気がする…」

独り言のように呟くと、松野君も呆れたように笑います。


「ボクだって、こんなに調子崩されるのなんて仁が初めてだよ」


「俺は初めてがどんなに怖くても、松野と一緒がいい。
傷ついても傷つけても、それでも相手は松野がいいんだ」

影野君が松野君に向かってきっぱりと言います。
松野君はそれを聞いて、手にしていた帽子をすっぽりと被ってしまいます。
いつもよりも更に目深に。


「ったく、それちゃんと分かって言ってる?」

松野君は隠さずにはいられなかったのです。
影野君の言葉に死ぬほど照れている自分自身を。
それは好きな子に最初からデレデレしまくるのは格好悪いと思う、中学生の男の子らしい松野君の矜持でした。

帽子を被った松野君は、いつもの調子を少し取り戻して影野君の手を握ります。
もう、手は冷たくありません。

照れで寧ろ温かいぐらいでした。


「じゃ、これから二人でハジメテの事いっぱいしよっか?」

松野君が悪戯っぽい顔で影野君を見上げると、影野君は笑顔で答えます。


「ああ!
二人一緒なら、きっとなんだって楽しいだろうな」




こうして影野君は初めての『おいかけっこ』を終えたのでした。
これから影野君は何を始めるのでしょうか?
それが何であれ、影野君は一人ではありません。
繋いだ手の先にこれからはいつでも松野君がいることでしょう。


 END

 

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