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松野君の手を握るだけで影野君は全身が熱くなります。
手にも汗を掻いてきて、松野君の冷たい手が余計冷たく感じます。

でも、最初はびっくりしていた松野君はすぐ平然として影野君と繋いだ手に力を込めてきました。
手を繋いでいるのは自分の意思だと言わんばかりのその様子は、まるで奪われたイニシアティブを取り返そうとしているかのようでした。


「やぁーっとボクから逃げても無駄だって分かったんだ?
散々可愛い事して人の事煽ったんだもん、もう嫌だって言っても離さないからね」

そう言って影野君の手を繋いだまま、不敵に笑います。
その松野君の言葉はやっぱり影野君には未知のもので、意味も無く影野君の胸はざわめきます。
どうしようもなく落ち着かない気分にさせます。

それでも、今の影野君にはそれ以上に気になる事がありました。
松野君自身です。

松野君は不敵に笑ってはいるものの、息は未だに少し乱れています。
それなのに手は冷たいまま。
影野君の目に映る松野君は言葉以上に不思議な存在でした。


「…松野の手、冷たい」

影野君の呟きに松野君は慌てて手を振り払います。


「ッ!
いいデショ、別に!今はそんな事関係ないじゃん!!
それよか仁、ボクの話聞いてた!?」

それはまるで図星を指されたような態度でした。
影野君は更に不思議に思います。


――手が冷たい事なんてどうでもいい事なのに、松野は隠そうとした。


そして影野君は考えます。
なんで隠すんだろう、と。

影野君が前髪で髪を隠すのは顔を見せるのが恥ずかしいから。
人は知られると困ったり、恥ずかしかったりする時に隠し事をします。


そこで影野君は気づいたのです。
松野君が隠しているのは冷たい手だけじゃないことに。


影野君は一歩、松野君に詰め寄ります。
少し鼻白んだ顔をした松野君から身長差を活かして松野君の隠しているモノを露にしました。

松野君のトレードマークの帽子を取り上げたのです。


「…松野、耳真っ赤だ」


松野君が帽子で隠しているモノ……それは真っ赤になった耳でした。


「あーっ、もうっ!
しょーがないじゃん!ボク耳だけはすぐ赤くなるんだから!」

松野君は少し怒って、影野君から帽子を奪い返します。


「なんで耳、赤いの?」

不貞腐れている松野君に影野君が訊きます。
影野君の質問に松野君はウッと言葉に詰まります。
不機嫌そうに影野君を睨みます。


「仁って、流れ無視して突飛な行動するから嫌いだよっ」


客観的に見れば松野君の言葉はただの子供っぽい逆ギレです。
それでも言われた影野君にはぐさりと突き刺さります。

――無視もツライけど、嫌われるのも同じくらいツライんだな。

声も無く、影野君は俯いてしまいます。


松野君はそんな影野君を見て、軽く舌打ちすると普段は隠れている髪を掻き毟ります。
暫く苛立ったように葛藤していた松野君も結局、折れます。
松野君だって影野君を捕まえる為に『おいかけっこ』してたのですから当然かもしれません。


「…嘘!嘘だよ、嫌いなんてっ!
そんな訳ないじゃん、本当、仁ってば空気読めないんだから」

そう言う松野君は、もうすっかり観念したみたいでした。
ここまで追いかけてきたのを無駄にしたら御終いだと松野君は思ったのです。

最後にまた少しだけ躊躇すると、松野君は影野君に向き合います。
少しずつ自分で隠しモノを影野君に見せる為です。


「緊張してたの!
仕方ないじゃん、こんなの初めてだし。
それでなくても嫌われたかもって怖かったんだから!」

松野君が影野君を睨みます。
耳だけを真っ赤に染めた状態で。

影野君はやっと松野君が隠したかったものに気づく事が出来ました。


松野君が隠したかったもの。

…それは、松野君の負の感情。
影野君が何にも囚われない雲みたいだと思った松野君は、
ただ自分の緊張や羞恥心、後悔といった感情を帽子や不真面目な態度で隠していただけでした。


影野君は漸く本当の松野君を知ることが出来たのでした。


 

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