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「んじゃ早く着替えて帰ろうぜ。
もう部室居んの俺達だけじゃん」

半田君の言葉に影野君は急いで着替えます。
影野君の心は今まで無いぐらい弾んでいます。
今日大好きな半田君と一緒に松野君と帰宅出来るのです。
もしかしたらこれから毎日一緒に帰れるかもしれません。
三人で仲良くなった図が影野君の頭には既に浮かんでいます。

着替え終わった影野君は半田君と一緒に部室を出ます。
校門で待っているだろう松野君のところへ二人で向かうのです。
もうそれだけで影野君は楽しくて仕方ありません。

「なんだよ、そんな喜ぶんだったらもっと早く一緒に帰れば良かったな。
ったく、お前も言えよなー」

いつもよりほわほわしている影野君に半田君も嬉しそうです。


「おっ、居た居た。おーいマックスー!」

校門のところでケータイを弄っている松野君に半田君が声を掛けます。
影野君もドキドキして半田君と一緒に松野君に近寄ります。
半田君に任せておけば松野君と仲良くなれると信じて。


でも、半田君の声に顔を上げた松野君は半田君と一緒に影野君が居るのを見て途端に顔を顰めたのでした。

影野君の足がぴたりと止まります。


松野君はそんな影野君を知ってか知らずか半田君に向かって怒り出しました。

「ちょっと!なんで半田ってば仁連れてきちゃうんだよ!?
まったく半田って空気読めないなー」

「そんな言い方ないだろ!?
影野はお前と仲良くなりたいって言ってたんだぞ!」

松野君の酷い言葉に半田君も怒り出します。
いくらなんでも松野君の言葉と態度は酷すぎます。

「だから、だよ。
半田が協力したら面白くないじゃん。
折角今までツッコミ我慢して無視してたのに台無しだよ」


……え?

松野君の言葉に影野君は固まります。

……無視、してたのか?


「なんだよ、それ!?
お前なー、仲良くなろうとしてた影野の事、無視してたのか!?最低だな!」

半田君の憤る声も影野君には届きません。


――わざと無視してた

それは影野君にとって初めての経験でした。
今まで気づかれない事はあっても、存在に気づいているにも関わらず無視される事なんて無かったからです。


……松野は本当に色々な「初めて」をくれるなぁ。

影野君はまたそう思いました。


けれど、もう、影野君はそれが嬉しいとは思えません。
ぐぅっと胸の奥から何かがせり上がってきます。
その何かが胸のところで暴れて痛くて仕方ありません。
影野君は胸のところをぎゅっと押さえました。

影野君は怒っている半田君の腕に微かに触れ言いました。


「半田、悪い。
俺、なんだか腹の具合が悪いからもう帰るよ」

「えっ!?おいっ!」

顔色の悪い影野君に半田君は慌てて止めます。
半田君は影野君がショックを受けて腹痛なんて嘘を吐いて一人で帰るつもりなんだと思ったからです。
なら影野君の方と一緒に帰ろうと半田君は思ったのです。

「俺も一緒に帰るって」

「いい。そこまで痛くないし、半田はいつもどおり松野と帰りなよ。
じゃあ、また明日」

嘘を吐いているつもりの無い影野君は平然とそう言いました。
その様子は無理している様子も強がっているようにも見えません。
半田君は一瞬だけどうしようか考えました。
もしかしたら本当に腹痛で、影野君は急いでトイレにでも行きたいのかもしれないと思ったからです。
もしそうなら影野君に付いて行ったら寧ろ迷惑になってしまいます。

その一瞬の躊躇の隙に影野君は踵を返します。
半田君があっと思った間に影野君は一人で歩き出していました。
それが半田君にはショックを受けた影野君の精一杯の拒絶に見えたのです。
半田君はまた松野君に対して苛立ちがこみ上げてきます。
文句を言ってやろうとして半田君が松野君を見ると、
松野君は見たことも無いほど真剣な顔をして影野君の後ろ姿を見つめていました。


「仁」

「…何?」

半田君が何も言えないでいる間に松野君は影野君に声を掛けます。
影野君は未だ胸を押さえたまま、ほんの少し振り返り返事をしました。
影野君の中には無視という選択肢は存在しません。


「もういいの?」

何を?とは影野君は聞きませんでした。
影野君はもう、全てがどうでも良かったからです。
早くこの場から去りたい、ただそれだけを影野君は願っていました。


「ああ。もういい」

影野君は前を向いてそう呟きます。
もう後ろは振り返りません。

それでも松野君の声は影野君にはっきりと聞こえました。


「そう」

それは残念そうにも楽しそうにも聞こえました。

「じゃあ今度はボクの番だね」


 

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