5



「はぁーっ」

影野君は今日数十回目かの溜息を吐きます。

ユニフォームから制服へ着替える手も止まってしまいます。
近頃は漸く練習量にも慣れてきて、着替えも特別遅いって事はなくなったのに、
この調子だと皆が着替え終わってもまだまだ影野君は着替え途中でしょう。

それぐらい影野君は心を悩ませていました。


何故ならプレゼント作戦が全く効果を挙げていないからです。


あの日クラスの皆から讃えられた影野君は、陰ながらこっそり良い事をして親密度を上げよう作戦の素晴らしさを実感していました。
クラスの皆は口々に「影野っていい奴だな」とか「ありがとう影野君」と笑顔で言ってくれました。
皆に好かれた気がしました。

影野君はそれが凄く嬉しかったのです。

目立てた事よりも皆に好きになってもらえた事の方が影野君にとって大きな喜びでした。

松野君にもこんな風に喜んでもらえたら、こんな風に好きになってもらえたらと思うと影野君はドキドキして夜も満足に眠れない程でした。


そしてお菓子のプレゼント初日。

影野君は眠れない時間を有効活用して作ったプリンを松野君の机にそっと忍ばせようとしました。
勿論、影野君が松野君の机で何やら作業している事は周りの人は気づいていません。
安心と実績の隠密行動です。

ですが、松野君の机の中に手を入れるとぽんっと小さな破裂音がしたかと思うと大量の造花がでろでろと出てきたのです。
松野君の机には何故か手品の小道具が仕込んであったのです。
折角の影野君手作りプリン(市販のセットを作っただけのもの)は、影野君の驚きと共にぐしゃっと床に落ちてしまいました。
松野君の手品は本人の知らないところで大成功を収めていました。…影野君の悲しみと共に。

こうしてプレゼント初日は失敗に終わりました。


プレゼント二日目。

手作りチョコを持ってきた影野君は昨日の失敗を活かして、今度は机の上にプレゼントを置いていく事にしました。
半透明のタッパーに入った、溶かしてココアパウダーをまぶして再度固めただけの手作りチョコを置き、影野君は満足そうに自分のクラスに帰っていきます。

ですが、次の日に今度は手作りプリン(今度は全て自作)を持って松野君のクラスに行くと、昨日影野君がプレゼントしたタッパーは中身の入ったまま教卓に置いてありました。
丁寧に「これ誰の?」というメッセージ付で。
影野君はこっそりを意識しすぎてプレゼントに名前を書くことを忘れていたのです。

……よし、こっそりと名前を書くぞ。

こっそりを目標にしている影野君はプリンのカップに付箋を張りそこに小さく自分の名前を書きました。
名前は目立ちませんが、カップに貼られた付箋はとても目立ちます。
少し影野君は悩んでからそこへ「松野へ」と付足しました。
小さな自分の名前と大きい松野君の名前が並んでいるのを見て、影野君は満足して今日も自分のクラスに帰ったのです。


三日目、影野君は手作りのチョコトリュフを持ってきました。
今日はあらかじめメモ付きです。

五日目、影野君は手作りクッキーも持ってきました。
今日まで松野君の反応が無い為、少し自分の名前を大きく書いてみました。

十日目、影野君は手作りマカロンを持ってきました。
あまりの反応のなさに食べていないのかとさえ疑って松野君の様子を窺う事にしました。
登校して即、自分の作ったマカロンを美味しそうに食べる松野君を見て影野君は満足そうに自分のクラスに帰っていきました。

二十日目、影野君は手作りザッハトルテを持ってきました。
あまりの反応の無さに松野君のクラスで生クリームを泡立ててみました。
松野君が食べようとした直前に生クリームを陰からそっと差し出してみました。
泡立てたボールごと差し出したのが災いしたのか松野君は何も言わずに生クリームをたっぷりとケーキにかけたのでした。

それが今日の朝の出来事です。


影野君は悩んでいました。

もうこれ以上こっそりしている事に意味があるのだろうか?と。
もう十分こっそりとはしていないのに、まだ手渡しはしていない影野君はそう考えました。


……プレゼントが気に入らないのかな?それともまだ俺と気づいていないのか?
…もしかして俺だから気に食わないとか!?

影野君はまた溜息を吐きます。


そんな影野君に気づいた人物がサッカー部に居ました。
最近影野君とよく一緒に練習する機会の増えた半田君です。
雷門ベンチ仲間の半田君は練習後の着替え中だけでもう5回は溜息を吐いている影野君が気になったのです。
すっかり着替え終わった半田君は影野君に声を掛けます。


「お前、今日どーしたんだ?さっきから溜息ばっか。
辛気臭いなぁ!なんか悩みでもあるなら聞くぞ?」

「半田…」

影野君は半田君のその優しい言葉にほろりときました。
今までそんな風に誰かに気遣ってもらう経験なんてありませんでした。
存在にも中々気づいてもらえないのに、影野君の感情にまで気を配る人間なんて居なかったのです。

影野君は少し躊躇した後、口を開きます。

この前クラスでは言えなかった大切な気持ち、
それを半田君にはなんだか言いたくなってしまったのです。


「実は…」

影野君の打ち明け話に半田君はにこやかに笑います。


「なーんだ、そんな事か。
じゃあ今日、影野も一緒に帰ろうぜ?
俺とマックス、いつも一緒に帰ってっからさ!
…あ!方向違ったっけか?」

半田君は影野君の「松野と仲良くなりたいのに中々うまくいかない」という悩みを聞き、快くそう言ったのでした。


こうして影野君は半田君という協力者を得たのでした。


 

prev next

 

「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -