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「ねえ、剣城ー。
俺たち、もう化身出せるから他の特訓もしたいんだけどー」

レースクィーン天馬と、猫耳信助がとてとてと剣城に走りよってくる。

「おいいー!お前らこの状況に疑問はねぇのか!?
そもそもお前ら化身だせるんだから、そんな格好する必要ないんじゃね?
つーか、むさくるしい格好の奴が一人でも増えると、ここの息苦しさが増すからお前らそっこー脱げっ!!」

剣城よりも先にさっきから怒り心頭の倉間の怒号が木霊する。

「え?でも倉間先輩…。
剣城が『今日はこの格好をしないと特訓には参加させない』って言うから…。ねえ、信助?」

「ええー、天馬そんなこと言われてたの!?
僕、天馬が普通に着替えてるからそういうもんだと思って着たのにー」

「ええー、そうなの!?
剣城ぃー、本当のとこはどうなの?」

話の食い違いに天馬と信助、それに倉間は今まで黙ったままの剣城を振り返る。


「…だから言ってるだろ。
これは自分の限界を超える特訓だって。
お前らだって自分の限界を超えなきゃ今までより強くなることなんか出来ないぞ」

剣城が俯き厳しい顔をして腕を組み顔を背けた状態で目だけを三人に向けて言う。
だが、こちらから見えない側の鼻にはティッシュの紙縒りが詰められている。
その紙縒りの先は当然のように赤く染まっている。

「って!鼻血ぃいい!!
おまっ、口ではかっこいいこと言ってるけど、それ絶対天馬のコスプレ見たかっただけだろ!?
ぜってー、お前の趣味だろーがっ!!」

「そっかー、流石剣城!
俺、自分の限界超えれるよう頑張るよ!
ね、だから早く次の特訓しよーよ!!」

「お前はまるっとスルーかよ!?
どんだけ?なあ、どんだけ『なんとかなるさ』の精神なんだ!?
コイツお前のコスプレ姿に鼻血吹いてんだぞ!
変態に襲われてから『なんとかなるさ』なんて言ってもどうにもなんねーぞ、コラ!!」

だが、そんな倉間の尤もなツッコミは、気付かれないように紙縒りをふんっと鼻から吹き飛ばした剣城によって無かった事にされた。
剣城が「はっ、能天気な奴だな。言われなくともこっちだって早く練習してお前らに関わる時間なんて短くしたいんだよ」という雰囲気を漂わせて口を開く。
剣城のツンデレ暦の長さを伺える巧妙さだ。
しかも剣城はレースクィーンの衣装のせいで剥き出しになっている天馬の肩を軽く小突きながら。
雰囲気を壊さずにさりげなくボディータッチをしているところが流石元シードと言える。


「じゃあ、今日は化身合体の特訓でもするか」

「ほらあああ!早く逃げろってえええ!!
コイツぜってー化身じゃなくてお前と合体する気だからああ!!
『本人たちも合体すればより強力な化身合体になるんじゃないか?』とか適当に言ってお前を騙すに決まってんだからよぉおお!!」

「ッチ」

「うーっわ、コイツ今、舌打ちしたぞ。
マジでさっきの台詞言うつもりだったぞ。
テメェ、純真な天馬騙そうなんて心が痛まねーのかよ!?この悪魔っ!!」


「ねえねえ、剣城。
今日キャプテンは来てないから、信助も一緒に化身合体の特訓しよーよ。
もしかしたら新しい化身合体ができるかもよ!!」

ガクガクと倉間によって胸倉を揺さぶられている剣城に、天馬がニコニコと提案してくる。
二人の会話は半分以上意味が分からないようだ。
ナイス、鈍感力!

剣城はその提案に、目に見えて不機嫌になる。
倉間が「どうせ神童がいないからチャンスとか思ってたんだろ、ざまぁ」と悪態を吐くのも無視して考え込むと、
キョトンとしている信助を頭の上から足の先までじぃーっと見つめる。
その様子に信助は「ふぇっ、な、何、何?」と獣手を顔に宛ててあたふたしだした。
その途端、キュピーンと剣城の鋭い目に光が点る。


「…ああ、いいだろう」

「って!お前ストライクゾーン広いなっ!!」

再度たらりと鼻血を垂らした剣城の頭に倉間のツッコミが炸裂する。
ムッとした顔で剣城が振り返る。
倉間も後輩を変態の手から守るのは自分しか居ないと、険しい顔で睨み返した。


「じゃあ、お前らボール用意しとけ。すぐ行く」

「「分かったー」」

「へ?」

だが、剣城はそんな倉間を無視すると天馬、信助にちゃんとした練習の準備を命じる。
思わず倉間の口から、驚きの声が漏れる。


「ねえ、先輩?」

「なっ、なんだよっ!?」

妖しい笑みを浮かべながら一歩、また一歩と自分に近づいてくる剣城に、倉間は知らず知らずのうちに腰が引けてしまう。

「さっきから俺に怒鳴ってばっかですけど、もしかして嫉妬ですか?」

「はぁっ!?」

「先輩も俺に構って欲しいんすか?」

「ちょっ、んなことっ、言ってねー!」

どんどん近づいてくる剣城を倉間は必死になって押し返す。
だが、その手さえ剣城によって簡単に掴まれ封じられてしまう。
近い顔に怯えたように倉間が顔を逸らすと、そのせいで剣城の顔の前に来た倉間の耳に剣城は笑いを含んだ声で囁きかける。


「先輩。俺、ストライクゾーン広いんで、先輩もありですよ」

「なっ!?」

あまりの言い草に倉間ががびーんとなる。

「テメェ、それだと俺がゲテモノみてーだろーがっ!!
ドキドキして損したじゃねーかっ!!」

倉間が剣城に向かって怒鳴った途端、剣城の顔にニッとした笑みが浮かぶ。

「へー、ドキドキしちゃったんですか。
…ほんと、可愛いですね倉間さんは」

「〜〜〜〜ッ!!」

今度こそ浅黒い顔を真っ赤にさせて俯いた倉間に、剣城は頭を屈めて倉間の顔を覗き込むと目を細めた。


「化身じゃなくて、愛、生まれちゃいましたね」

「うっ、生まれてねーっ!!」

倉間の魂のツッコミが室内練習場に響き渡った。



……その特訓以降、サッカー部の人間関係が複雑化したことは言うまでも無い。



 END

 

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