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「だからさっきから言ってんじゃないですか。
これは自分の限界を超える特訓です。
シード養成所では入所直後に行われる化身を出す為の通過儀礼です」

ぶすっとした顔で繰り返す剣城に倉間も負けじと怒鳴り返す。

「ふざけんなっ!
あっちじゃ限界どころかなぁ友達の関係を超えそうになってんだろ!!」

ばっと指差した先にはナース速水に普段のチャラい様子とは異なりガチで照れまくっているセーラー浜野が居る。



「はっやみー!着替え終わったぁー?」

いち早く上着の丈が胸下までしかないセーラー服に着替え終わった浜野は、お腹まで浅黒く日焼けしたオヘソを惜しげもなく晒しながら勢いよく用具倉庫の扉を開ける。
そこには恥ずかしいからと独りで隠れて着替えていた親友速水が居るはずだった。

だが、そこに居たのは速水であって普段の速水とは少し違った。


ドアを握った浜野の手に知らず知らずの内にぎゅっと力が込められる。


「ちょっ!…もぉっ、…み、見ないで下さい、恥ずかしいですよぉ…っ」

薄暗い用具室の中、速水は浜野の視線を避けるようにナース服のやけに短い裾を伸ばした。
上半身を屈めて裾を押さえているせいか、いつもと違って浜野を見つめる目も上目遣いになる。
その目には少し涙が浮かんでいて、キラキラと浜野の背後から差し込む光を反射させる。
しかもその顔は薄暗くともはっきりと分かる程赤く染まっている。


「は、浜野くん…?」

速水は恥ずかしいと言っても、何の反応も示さない浜野に訝しげに声を掛ける。
速水からは逆光でその表情さえよく見えない。

「あっ。…わ、悪い!」

速水の声ではっとしたように浜野がドアをバタンと閉じてしまう。

え?え?

閉じていくドアと消えていく浜野の背中を速水は呆然と見つめる。

いつもだったらどんなにネガティブな事を言っても気にせず自分を構ってくるのに。
それなのに今、浜野はあんな風に慌てて謝ってドアまで閉めてしまった。

用具倉庫がやけに暗く感じる。


「浜野クンッ!!」

速水は浜野の後を追って、急いでドアを開ける。

怒らせてしまったのなら、どんな事をしてでも謝りたい。
自分は、自分は…、浜野が隣に居なかったらどうしていいか分からない…!

速水が息咳切ってドアを開けると、すぐ横から浜野のびっくりした声が聞こえてきた。


「速水ぃ!?」

「…浜野クン」

声のした方を向くと、ドアのすぐ横の壁に寄り掛かった浜野が居る。
少し安堵した速水は浜野がこれ以上逃げていかないように浜野のスカートの裾をきゅっと握ろうとした。
だが、その手は服を掴む前に振り払われた。


「…あ」

自分でも咄嗟にしてしまった行動に浜野の顔が「しまった」と歪んでいく。
目の前では速水が振り払われた手のやり場に困ったように俯いてしまう。
俯いた速水の肩が細かく震えている。


「…俺、何かしましたかぁ?」

「違っ!違くて」

「俺がさっきあんな事で怒ったからムカついたんですかぁ…?」

「そ、そうじゃないって」

「…俺の事が嫌になったんなら言ってくれればいいのに。
そうですよね、こんなうじうじした暗い奴と一緒に居るの嫌ですよね…」

「そんな事、言ってないだろっ!!」

ドンっと壁を叩く音と珍しい浜野の大声。
びくっと速水は体を縮こませる。
怯えた表情の速水を見て、浜野は頭を掻き毟ると壁にそってズルズルとへたり込む。


「もぉ…、反則じゃんか、そんなの」

「え?」

下を向いたままの呟きに、速水はよく聞き取れなくて少し頭を傾かせる。


「ドキドキしちゃって速水の事ちゃんと見れないとか、俺、馬鹿みたいじゃんかよぉ」

今度ははっきりと聞こえた浜野の呟き。
速水は自分の頬が熱を孕むのを鏡を見ずともはっきりと感じていた。




「……ああ、手遅れじゃないですか?
あれ、どう見てもただの友達の域超えてます」

「おいいい!
そんな悠長な事言ってないで、さっさと止めろぉおお!
見守ってんじゃねえよ!更に悪化したじゃねえか!!
アイツらがカップルになったら、俺、めっちゃ気まずいだろーがっ!!
俺のロッカー、速水の隣なんだぞ!?
速水の首に昨日まで無かった謎の赤い痣を大量に見つけた日には俺、どんな顔して挨拶していいか分かんねーぞコラ!
『なんだ虫さされか?速水しか刺さない釣り好きのデカイ虫に刺されたんだろ、どうせ』
とか言えねーぞコラ!!」

「言わない方がいいんじゃないすか?そんなオッサン臭いこと」

「ッ!そういう問題じゃねええ!!
早く止めろって!!」

「あ、今、浜野さんが速水さんの手を引っ張ってまた倉庫に戻った。
浜野さんて、結構グイグイ行くタイプなんですね」

「おいいい!!
なんで倉庫に戻る必要あんだよ!?
二人とも着替え終わってんじゃねーか!!
グイグイどこ行くんだよ!?
そっち行ったら戻ってこれないぞ、そっちの人になっちゃうぞおおお!!」

「そうすね、早く止めた方がいいんじゃないすか?
このままじゃ化身じゃなくて他のものが出そうだし。
……浜野先輩の股間から」

「ぎゃーっ!!
戻ってこーい!浜野ぉー、速水ぃー!!」




……結局、この特訓で誰かが化身を出せるようになったという事実はまだ無い。



 

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