6



……息が臭い。

ニヤニヤと笑う男から吐き出される息を避けるように天馬は顔を背ける。

今まで天馬は無条件で人を嫌う経験が無かった。
「生理的に無理」という言葉は知っていても、それがどういう状態なのか想像も出来なかった。
人は皆、いい人ばかりで、一見悪い人に見えても実は良い人で分かり合えるなんてよくある話だった。

それなのに今、胸を占めるのはこの男への嫌悪ばかり。
話すのも触れられるのも勿論、傍に近づいてくるのも嫌でしょうがない。


「あ、でも心配はしなくていいからねぇ〜。
天馬きゅんはただ脚を拡げてくれればいいだけだからぁ〜。
あとは全〜部この僕ちんに任せてくれれば、ちゃーんと天馬きゅんを大人にしてあげるからねぇ〜」

顔を背けても顔のすぐ近くに男が話す気配がする。
息が掛かる。
男のベタベタした手がまた太腿を撫でている。

ぞわぞわっと悪寒がした。

さっきまでの怒涛の快感が過ぎてしまうと、男の手も口も、何もかもがただ気持ち悪いだけだ。
天馬は限界まで顔を背けると、更に男を拒絶するかのように目を瞑った。


「カッチ〜ン。
あー、何その態度ぉ〜。
さっきまで『あっ、あっ、おしっこ漏れちゃうよぉ〜』って素直で可愛かったのに、一回イっちゃったら反抗的になっちゃって可愛くなぁーい!」

すぐ横で小さい子供を甘やかすように囁いていた男の顔が遠のいていく。
それだけで男がどれだけ不機嫌そうな声をしようが天馬は満足だった。
寧ろ男が面白くなさそうな事に溜飲が下がる思いだった。
もう何を言おうが男の言葉に反応なんて示さない。
天馬はスーッとした胸でそう決意していた。


「初めてだから優しくしてあげようと思ってたのにもういいよ!
天馬がそういう態度なら、僕ちんももう優しくすんの止ーめた!
謝るなら今のうちだからね!本当に知らないから!!」

男の年齢の割に子供っぽい拗ねた声がする。
明らかに天馬を脅かそうとしているその声に内心ぎくりとするものの、天馬は必死になって男を無視した。
そんな脅しになんて屈しない。
天馬は持ち前の強さで健気にそう思っていた。
男のジトッとした視線を肌で感じても、気にせず無視し続けた。

無視し続ければ男は怒って自分に興味を失くすだろうと、そう信じて。


でもそんな天馬の予想に反して、暫くして聞こえてきたのは男の楽しそうな笑い声だった。


「ムフッ、ムフフフッ、あー良かった!
いつもはお金払ってシてるから実は僕ちん、優しくするってシた事なくってぇ〜。
天馬きゅんは素人だし僕ちんの恋人だから優しくシようって思ってたんだけど、遠慮しなくていいよね?
お仕置きだから優しくする必要ないよね?」

急に変わった声の質に天馬はぞくりとした。
怖い。
なんだか急に怖くて堪らない。
恐怖で目を瞑っているのが忽ち困難になってくる。
何をされるか分からないのにこのまま目を瞑っていていいのか!?
男から目線を逸らしたままでいいのか!?
天馬の勘が男から目を離すなと、ツキンツキンと痛む心臓が夥しい警告を告げる。


「天馬きゅん」

男の呼ぶ声と同時に軋むベッドに、天馬は堪らず男の方を見た。

  どきん。

気色悪い男だと思っていたのに。
汗っかきで色が白く太っているから病弱とさえ思っていたのに。
それなのに……。


「く、来るな……ッ!」

「え〜、もう無視はおしまい〜?
怯えちゃって可愛いなぁ〜、もおお〜」

天馬はこの血走った目で自分に圧し掛かる男が怖かった。
さっきまで怖かったのは「今の状況」であって、「このオジサン」じゃなかったはずなのに。
それなのに今はこの気持ち悪い男が怖くて堪らない。


「信助ッ!キャプテンッ!剣城ッ!円堂監督ッ!!
誰かッ!誰か助けてッ!!」

身体を蝦反りにして一生懸命男から逃げてみても、手が縛られているから逃げるのにも自ずと限界がある。
どれだけシーツを蹴ってもこれ以上は男から離れる事が出来ない。

怖い。

男の目は血走っていて、まるで獲物を求めて闘おうとしてるみたいだった。
そしてその獲物は他ならぬ自分。
戦って返り討ちにしなきゃいけないのに、今の自分にはサッカーボールも仲間も居ない。


「たっ、た、た、た助けてッ
助けてッ!助けて、秋ねぇッ!秋ねえええッ!」

今の自分には戦い抗う術が無い。
あんなに巨大な組織にも困難な状況にも負けなかった自分が、
今はただこのまま男が自分に襲い掛かってくるのを待つ事しか出来ない。


「ヒィィッ」

男が自分のズボンのジッパーをニヤニヤしながら下ろしていく。
ずるっと剥き出しになる男の毛むくじゃらの下腹部には、自分と同じ物とは到底思えないようなオゾマシイものが湯気を立てている。
理解を超えた原理的な恐怖が天馬を襲う。

…もう泣くことしか出来ない。


「助けてェェーー、ママァァァーー……ッ」

腰を突き出すような苦しい体勢を強制的にとらされ、見えない部分に自分以外の見知らぬ感触が触れている。
見えるのは自分を狙う男の血走った目だけ。
限界を超えた捕食される恐怖に天馬が叫ぶ。


「やだァァァアアーーー……ッ!!」

その瞬間ブツリと何かが自分の中に浸食してきた。

…自分の全てを食べる為に。


 

prev next

 


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -