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でも、すぐその手は剣城の手で止められてしまった。
リモコンごと握られた手。
ドキッとして隣を見ると、剣城の顔は隣というよりも斜め後ろにあった。
しかも俺の顔のすぐ近くに。


「う……、ぁッ」

ほら、まだ慣れない。
こうやって剣城の眼を近くで見るだけで、こんなにもドキドキして顔が熱くなる。
俺はすぐ剣城から視線をテレビの画面に戻す。
なんだコレ。
俺はどうしていつまで経ってもこんな乙女みたいな反応をしてしまうんだ。
悔しい。本当はもっと毅然と…、
そう!剣城みたいに俺が手を握る側でありたいのに。


「…先輩」

「ひゃあ!……な、なんだ!?」

剣城がさっきの体勢のまま耳元で囁いてきて声が裏返る。
耳に剣城の低い声が掛かっただけで過敏な反応をしてしまう自分が嫌だ。
くっそぉ、こんなんじゃ剣城の方に顔が向けられない。
俺は俯き、リモコンをぎゅっと握って出来るだけ平静な声で返事をする。
剣城にはこの普段どおりの声だけを聞いたことにしてほしい。
さっきの変な声は忘れてほしい。


「もう…。
部屋に、行きませんか?」

「ッ!……〜〜〜ッ!!」

剣城がまた俺の耳元で囁く。
今度はやけにゆっくりに。
剣城の声はどうしてこう低音でよく響くんだ。
腰にきて、こっちは堪ったもんじゃない。
俺は急いで首を横にぶんぶんと振る。
冗談じゃない、こっちはお前の声にちゃんと立ち上がる自信さえもう無いんだ。
抱きかかえられて部屋まで行くなんて格好悪すぎて出来るはずないじゃないか。


「い、行かないぞ。
俺はこれ見るんだからっ」

俺は剣城の方を見ずに、リモコンの再生ボタンを押す。
画面の中で止まっていた神童が動き出す。


「そうですか…」

俺のすぐ後ろから剣城の気配が遠のく。
案外呆気なく剣城が引いてくれた事にホッとして、俺は漸く剣城の方を振り向いた。

って、なんで剣城、自分の鞄なんて持ってるんだ……。


「帰る気か!?」

剣城がソファの脇に置いてあった鞄を持っている姿を見て、咄嗟に出た俺の言葉は凄く慌てたものだった。
ああ、剣城といると俺はどこまでもみっともなくなる。
何もかもが俺の思ったとおりにならない。


「帰ってほしいですか?」

「…ッ」

鞄を持ったまま剣城が口を開く。
どうしよう、その顔は無表情で何を考えているか俺にはさっぱり分からない。
しかもなんでこんな聞き方をするんだ。
こんな時俺はどうやって気持ちを伝えていいか分からない。
だってどんな顔して言ったらいいんだ。

――帰らないで。もっと…、ずっと傍に居て、なんて。

そんな甘えた台詞を俺が言うなんて、想像しただけで泣きたくなる。
でも俺の気持ちを他にどう表現したら男らしく俺らしくなるか思い浮かばないんだ。
ああ、もうっ!何から何まで、こんな事の連続で本当に嫌になる。


「…はぁ」

剣城の馬鹿。
俺と居る時に溜息なんか吐くなよ。
上手く出来ない俺が余計みじめに思えるだろ。
剣城の沈黙が、胸に刺さる。
こんな事付き合う前は思った事もないのに。


「…お情けというのは人を侮辱する行為だと先輩は思いませんか?」

「エッ!?」

本当に剣城の考えている事が分からない。
暫く黙ったままかと思ったら、口にした言葉がこれだ。
今、侮辱がどうとか言った気がする。


「…俺は思います」

あ、…れ?
剣城が座ってる俺の前に立つ。
その顔は無表情というか、どこか苛立っていて…。
え、……え?
手に持ってるのは…、え…、て、手錠?


「つる…、ンッ!」

思いつめた顔をした剣城が、ソファに跨り俺に覆いかぶさってくる。
その性急さに、怖くなってしまった俺は剣城の胸を押し返す。
でも、その手は二つまとめて剣城によって、押し倒された俺の頭上へと呆気なく縫い付けられてしまう。

な、なんだ…コレ……。

急に態度の変わった剣城が本当は怖くて仕方ない。
怒らせたのか、とか嫌われたのか、とか不安で胸が張り裂けそうだ。
でも、そんな弱い自分を見せたくなくて、俺は身動き一つ取れないながらも懸命に剣城を睨んでみせる。


「なんだこれ。冗談はよせ!」

俺が怒ってみても剣城は俺の上から退いてくれない。
それどころか、フッと自虐的にその顔に笑みを浮かべた。


「…俺は本気です、いつでも。
だから先輩も本心をみせてください」

剣城の顔が俺の顔に近づく。
剣城の息が俺の鼻に掛かる。
 ……キスされる。


「それがどんな本心でもいいから。
先輩の本心が聞きたいんです」

キスに身構えて、俺はぎゅっと眼を瞑る。
それなのに、剣城が与えてくれたのはキスじゃなかった。


「聞かせてください。
……どうせ逃げられないんだから」

……無機質な手錠だった。


 

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