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パタパタパタ、と廊下をこちらに向かって走る足音に、霧野はぎくりと身体を強張らせた。
こんなに早く帰ってくるなんて、と霧野は自分の迂闊さを悔いた。
だが、開いたままのドアからけたたましく入ってきたのは教師では無かった。


「霧野!!」

水鳥だった。
水鳥は、そのまま霧野に駆け寄った。
そして走った勢いのまま霧野を思いっきり叩いた。

「中々戻ってこないから心配したんだぞ!!まだスカートだしよぉ!!
アイツになんか嫌な事されなかったか!?」

「…水鳥ちゃん、ずっと泣きそうだった」

「おいっ、バラすな!」

そして続いて入ってきたのは山菜茜だった。
驚いている霧野を余所に、いつもと変わらず長閑な雰囲気を辺りに振りまいている。
だがその手にはいつも持っているデジカメではなく今はケータイが握られている。


「でもそのお陰でシン様とお話出来ちゃった、うふふっ」

「神童?」

唐突に出てきた神童の名前に霧野は眉を潜める。
その霧野の疑問に答えるように、今度はドアから神童が顔を覗かせる。


「何をぐずぐずしているんだ、早く移動するぞ!」

「神童!」

神童が駆け寄り、霧野に手を差し伸べる。
床にへたり込んだまま霧野が顔を上げれば、三人は霧野が手をとるのが当たり前という顔をしている。
そこにはさっきまでこの部屋に充満していた欲望や侮蔑が微塵も含まれていない。

非日常から日常へと戻ってこれた気がした。



廊下はまだ授業中で誰の姿もない。
静寂の中を四人は出来るだけ音を立てないように生徒指導室から遠ざかる。
校舎を抜け、体育館脇の木の陰まで着て漸く一息ついた。


「あー、神童に相談して正解だったな。な!茜」

「霧野君救出作戦、成功」

水鳥と茜が笑い合う姿に、霧野はあの電話が偶然では無かった事に気付いた。
自分独りではどうにもならなかった状況を、この三人が変えてくれたのだ。
歪な形に張り詰めていた気持ちが、ぱあーっと流されていく。
水を被らなくとも、三人の霧野を思い遣る気持ちが身体にこびり付いた穢れを落としてくれた気がした。

本当に三人の気持ちが有難かった。


「…ありがとな」

三人の顔を見ていたら、霧野の口から自然とその言葉が零れていた。
なんて言葉にすると陳腐でありきたりなのだろうと霧野はつい思ってしまう。
もっと自分の感謝を表現するに相応しい言葉があればいいのに、と。
でも、霧野の思いつく範囲では、「アリガトウ」の言葉こそが尤も相応しい言葉だった。


「くっそお、お礼なんて言うなッ!」

人情に厚い水鳥が霧野の言葉に真っ先に反応する。

「お礼言わなきゃならないのはアタシだろーが!」

霧野に向ける水鳥の顔は、茜が言わずとも泣きそうなのは一目瞭然で、
霧野は水鳥がずっとこんな顔で自分を心配していたんだろうなと胸が詰まった。
そして、思った。

あんな事されたのが水鳥でなくて本当に良かった、と。

その思いが、霧野の後悔を少し軽くする。


「水鳥ちゃん、スカート長すぎ。怒られるの当たり前」

「うっせー」

茜がからかい半分慰め半分の言葉に水鳥が怒るのを、霧野は神童と並んで笑って見守った。
自分で良かったと、噛み締めるように霧野はそう心から思ったのだった。










「なあ、神童」

「なんだ?」

「…俺って、変態かな?」

「……ぇ?」


 END

 

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