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手に取ったスカートを霧野はもう一度広げてみる。
脇にホック。
それにファスナー。
スカート自体が初めての着用だが、着方で分からない事は無い。
だがそれでも霧野はどう着替えようか少しだけ逡巡した。

まず脱ぐべきか、それとも着るべきか。

霧野は悩んだ末に、制服のスラックスの上からまずスカートを穿く事を選んだ。
下着姿になるのが恥ずかしかったからではない。
異性である水鳥を慮っての事だった。
でもそれは結果として更に霧野の羞恥を煽ることになる。
最初に脱ぐ事を選択していれば、男らしく脱ぐ事でそのまま勢いでスカートも着れていただろう。
でも最初にスカートを穿こうとするとそうもいかない。

霧野はまず、輪の形に広げたスカートを前に躊躇してしまう。
今までどれだけ女顔と言われからかわれても、霧野は誰よりも男らしくありたいと思ってきた。
内面を知ったら、誰にも女みたいだと言わせないつもりで生きてきた。
それなのに今、自ら女の領域に足を踏み入れようとしている。
この輪をくぐったらそれだけで今まで大切にしていたその矜持が崩れてしまいそうだ。

嫌な空気を振り切るようにちらりと二人を伺うと、水鳥がはっとしたように霧野から視線を逸らした。
だが教師はデスクに頬を付いてニヤニヤした意地の悪い笑みを浮かべて霧野の一挙手一投足を見つめている。
視線を逸らす気など到底なさそうだ。


――クッ!

はっきり言ってその顔は霧野の心を激しく波立たせた。
教師じゃなかったら殴ってやりたい。
そう思うほど霧野は瞬間で頭に血が昇った。


――こんなクソ教師に屈してなるものか!

霧野はその思いでスカートに自ら脚を踏み入れた。
脚を一歩踏み入れてしまうと、スカートは別段どうって事無かった。
もう片方の脚も輪に入れてしまうと後はもうホックを止めるだけだ。

すんなりと着れてしまった自分に安堵しながら、霧野は今度はスラックスのホックに手を掛ける。
ホックを外すと、なんだか少し心が落ち着かなくなった。
脱ぐという行為が堪らなく恥ずかしい。


「どうした、膝が見えんと丈が分からんぞ!」

「今、脱ぐところです!」

教師に催促されてしまった自分が霧野は嫌だった。
こんな事で男なのに恥ずかしがっていると思われるのが嫌だった。
そう思うのに、教師の視線が自分に、自分の着替えに注がれていると思うと堪らなく羞恥を煽られる。
肌に感じる視線が堪らなく邪魔だった。

震える手でスラックスを下ろすと、少しずつ自分の脚を覆うものが肌から無くなっていくのが分かる。
視線を遮るものが無くなっていく。

上にスカートを穿いている分だけ脚が隠れているはずなのに、何故か隠しているという意識の分だけ余計恥ずかしい。
自然とたくし上げられるスカートが恥ずかしい。
隠し切れずに見えてしまう生脚が恥ずかしい。

ただの着替えのはずなのに、
男同士でここまで恥ずかしがる必要なんて無いのに、
たった一枚のスカートがただの着替えを全く違うものに変えてしまった。
教師の視線を避けるように上半身を折って、スラックスを下まで下ろす。
後は脚を抜くだけだ。
霧野は教師に分からないように下を向いたまま小さく息を吸い込んだ。

一歩、脚をゆっくりと抜く。

はらりと生地が脚の指に触れて、脚を覆うものが無くなっていく。

ぞわり。

続けてもう片方の脚もスラックスから引き抜く。
もう自分の脚を覆うものはひらひらとした薄いスカートだけ。
肌に直接触れるものは何も無い。

心細くて、なんだか胸がざわつく。


――くそっ、悔しいけど顔が上げられないッ!!

霧野は胸のざわめきを抑えるようにスカートを両手でぐっと握りしめた。
ぎゅっと握っても心細さは無くならない。
自分は今、スカートを穿いている。
そう思うと顔も上げる事が出来ない。

霧野は穿いているスカートを握ったまま、血の気が引くほど強く唇を噛み締めた。


そんな霧野の姿を教師は余すところなく見つめ続けた。
……倒錯的な興奮を覚えながら。


――これは中々……!なんともいえないエロスがあるじゃないか!!

思わず飲み込んだ唾にごくりと喉が鳴る。
自分でも気付かない内に、教師は喉が渇くほど霧野の着替えに興奮していた。
霧野が恥らう程に、風紀指導室は空気の濃度を増していった。
スカートに覆われていて、時折スカートの奥にチラチラと白い生脚が見える度に手に汗を掻いた。
脚の見える範囲が広がる程に辺りにフェロモンがばら撒かれているようだった。

そして今、美少女にしか見えない、まだ子供を脱却しきれていないような少年が、自分の視線を感じて泣きそうに恥らっている。
その姿は上半身は詰襟の学生服、下半身はスカートという姿そのものに、
少年とも少女とも判断付かないような倒錯的な美しさを湛えている。

目の奥が熱くなる程、興奮してしまう。
こんなに興奮した事は久しくなかった…。
教師はそう思いながら、霧野の平らな胸をものさしで撫で上げる。


「じゃあ、これから風紀指導を行う。
覚悟はいいか?瀬戸。それから……」

もう、子憎たらしい霧野を懲らしめてやろうという教師の思惑は、既にその矛先を変えていた。
乾いた唇を潤すように、教師はぺろりと舌舐めずりをする。

「霧野」

もう霧野という生徒を子憎たらしいとは思っていない。
この所在無げに俯く少年を導いてやらなければならない。

……風紀とは名ばかりのこの少年に相応しい淫らな方向に。


 

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