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予想外の言葉に固まったままの狩屋を後目に、霧野の表情はどんどんと苦痛に歪んでいく。


「顔はこんなだけど、胸だって何にも無いしエッチな気分になったら勃起だってするし穴なんかこんな汚いヤツしか開いてない。
そこら辺の女子より、よっぽどHに興味あるし性欲だって普通にあるんだよッ!」

霧野が興奮した怒鳴り声を上げる。
歪んでも綺麗なままの顔が紅潮していく。
二つに結ばれた鮮やかなピンク色の髪が怒鳴り声に合わせて揺れている。


「お前がどれだけ俺を女扱いしても、俺は男なんだよッ!!」

「って!俺、女扱いなんてしてないじゃないですか!?」

知らず知らずの内に見惚れていて狩屋も、謂れの無い言い掛かりに思わず言い返す。
だが、それも霧野を更に激昂させただけだった。


「してるだろッ!俺を好きだと言ったじゃないかっ!!」

「それがなん…」

狩屋の反論さえ許さない勢いで霧野は狩屋の言葉を遮る。
ドンッと狩屋の胸を強く叩いた。
そしてそのまま胸元を掴んで激しく揺さぶった。


「男のお前が俺を好きなんて、女扱いの最たるものじゃないかッ!
俺の顔が女みたいだからお前だって好きになったんだろ!?
女扱いされるのが一番嫌なのに、それでも俺はお前がいいだなんてこんなの酷いじゃないかッ!!」

かぁーっと狩屋の顔が羞恥で染まる。
興奮して本人は気づいていないが、霧野の口から出たのは最大級の爆弾発言。
しかもガクガクと揺さぶられて、落ち着いて考える事さえ出来ない。
狩屋から言葉を奪うには十分過ぎた。

それでも霧野は興奮の為、そんな狩屋に気付かない。
その顔も今では俯いてしまって髪が垂れて、狩屋からはどんな表情か伺い知る事も出来ない。
ただ揺れるピンクの髪の合間から、ポタリポタリと掴まれた胸元に何かが降ってきて濡らしていく。


「女扱いされるのが凄く嫌なのに、そんな相手に惚れるとか!
嫌だって思ってるのにちゃんと断れないでずるずる中途半端に言いなりになってる事とか!
裸を見られたら幻滅されるんじゃないかと柄にも無く心配してる事とか!
そもそも男に惚れるとか!
こんなの俺らしくないんだよッ!!
こんな俺は嫌なんだよッ!!」

がくがくと一層激しく揺さぶられると、霧野の手が急に止まった。
狩屋の腹部はもう隠しきれない程の涙の染みが出来ている。


「……それでも。
それでもさっき、その変なのに襲われた時、お前の事が頭に浮かんだ。
お前が…。
お前がいいって…、そう思った」

掴んだままの狩屋の胸元に、吸い込まれるように霧野の顔が寄っていく。


「今も…、お前に…」

激しく揺さぶられチカチカと小さな星が飛んでいた狩屋の視界に、背を小さく丸めて自分の胸に収まっている霧野の姿が入ってくる。
その肩を掴んで自分から引き剥がすと、泣き顔を怒ったように霧野が逸らす。


「勝手に見るな。馬鹿…っ」

泣いているのに、それでも自分を睨み付けるプライドの高さ。
プライドの高さは生来のものでも、その涙は狩屋の為のもの。
この人を泣かせているのは自分だと、そう思った瞬間『お前がいい』と絞るように呟いたその声が、今呟かれたかのように蘇る。
しかも、今度は耳元で。


「うわ…っ」

一瞬動きを止めた心臓に、狩屋は思わず片方の手で胸元を掴む。
一瞬でも動きを止めた心臓は、止まった分を補おうとしているのかばくばくと凄いスピードで動き出す。
心臓が必要以上に頭へと血を送ってくる。


「アンタ、俺を殺す気かよ…」

「…?」

「ツボすぎて死にそうなんですけど…!」

霧野を見れば、何を言ってるのか分からないといった顔をしている。
自分の魅力を理解していない無自覚な行動は卑怯なくらい狩屋を魅了して止まない。
それなのに霧野はそれを全く気付いてさえいない。
それどころか変な誤解をしたまま暴走して、更に狩屋を虜にしていく。

――くっそ!マジでタチ悪りぃな、この人!!


「お前がどう思おうと、俺の心は決まった。
お前が欲しいんだ。途中で幻滅したら目を瞑ってろ。
俺が勝手にお前を貰うから」

狩屋があまりの破壊力に悶えたままだというのに、霧野は更に暴走を続ける。
潔い宣言をすると、狩屋に跨っていた腰を浮かせた。
スッと狩屋のジャージに手が掛かる。


「ちょっ、ちょっ、ちょーっと待って下さいよ!
あー、もうっ!余韻に浸るぐらいさせろよなっ」

狩屋はジャージを脱がそうとする霧野の手を慌てて止めた。

「全くこんな即断即決の男らしい人、どうやって女扱いしろってんだよ。
サッカーだって俺より上手いし、女だと思えって言われたって無理ですよ、無・理!」

そしてそのまま霧野の手を自分の肩に回させた。


「一方的に告って襲うとか無しですよ、霧野さん。
俺にも少しは格好付けさせて下さい。
俺だって男なんで好きな人の前では格好付けたいんですよ」

ぎゅうっと抱きしめると仄かに胸が疼くような甘い香りがする。
汗まで好い匂いがするとかどんだけだよ、と狩屋は少しだけ笑った。
この人には敵わない。
そう素直に思ってる自分も、それでもこの人に釣り合うような自分になりたいと思ってる自分も、
少し前までだったら有り得ないくらいまっすぐで我ながら気持ち悪い。

でも仕方ない。

この人には必死になるだけの価値がある。
それに…。
――俺がいいって霧野さんも言ってくれたしね。


狩屋はぎゅっと抱き締めたまま、霧野の耳元でそっと訊ねた。


「霧野先輩、俺の恋人になってくれませんか?
俺もアンタがいいんです。というよりアンタじゃないと駄目なんです。
俺と付き合って下さい」

耳元で囁かれた狩屋からの二度目の告白。
霧野は頷く代わりにコツンと狩屋の肩におでこを乗せた。


「…俺の事、彼女って言ったら許さないからな」



 

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