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「…ハァッ…、狩…屋…ッ」

呼んでも呼んでも返ってこない返事に、霧野はついに口を噤んでしまう。
叫んだ分だけ息が弾んでいる。
求めても応えの無い事が霧野の絶望を余計煽る。


――ああ、このまま訳の分からないモノに犯されてしまうなんて…ッ!


にゅるにゅるとソレは今も霧野のお尻の間に頭を擦り付けている。
時折窄まりに当たるが、固く閉ざされたそこが入り口であると気づいていないのか中まで入ってくる事無く周辺を探し続けている。

怖い。

一気に快楽のゲージを上げられた今までと違って、その焦らすような動きに霧野はじわじわと恐怖が募ってくる。


――狩屋の馬鹿ッ!早く帰るって言ったのに全然帰ってこないじゃないかッ!!

心の中でどんなに罵っても入り口のドアは開かない。
にゅるんにゅるんと探し回っていたソレも、探す範囲がどんどん狭まってくる。

狩屋、狩屋、狩屋!

もう心の中で罵る余裕も無くなってくる。
霧野はただ狩屋の名前を心の中で呼び続けた。
ついにソレがコツンコツンとそこだけを頭で突いてくるようになった。
またソレが動きを止め、体から微かに光を放つ。


「アッ!…あ、アアッ!…狩、屋!狩屋ァアアーッ!!」

光が止むと、ソレはぐっとそこに頭を押し付けてきた。
霧野の口から押し出されるように悲鳴が洩れる。

だが、今度はちゃんと答えがあった。


「霧野先輩ッ!?」

バタンッとドアが勢い良く開くと、息を切らした狩屋がそこに居た。

「狩屋ぁ…っ」

狩屋の姿を見て思わずほっとした霧野は全身の気力が抜けてしまう。
少し涙ぐんだ顔を狩屋に向ければ、早く助けて欲しいのに狩屋は照れたように赤くなってしまう。


「アンタ、人んちでなんちゅー格好してんだよ…」

「馬鹿ッ!早く助けろぉ…っ」

霧野の乳首も屹立も露わなだけでなくぬらぬらと光っている様子に狩屋は一気に赤くなる。
だが、霧野の罵声が飛んだ瞬間、ハッとしたように部屋に転がっている水槽に目を遣った。
蓋の空いた水槽を目にした途端、狩屋の雰囲気が一変する。


「もう少し我慢して下さいッ!」

そう言うと手にしていたコンビニの袋を投げ捨てると、部屋に置いてあった部活用のバッグを漁りだす。
そして何かを手に取ると、霧野の方へと駆け寄った。


「触手、どこッ!」

霧野がさっと脚を広げて後孔に這いずり込もうとしているソレを掴もうとすると、狩屋がそこに何かを噴出させた。
ひんやりとした感覚と同時に、霧野から後孔に入ろうとする圧迫感が消えた。
狩屋がバッグから取り出したのは制汗剤で、それをスプレーしたまま狩屋は触手を掴んだ。
そしてそのまま水槽に触手を入れると、霧野に叫んだ。


「ペットボトルッ!早くっ!!」

狩屋は水槽に触手を入れ、そのままスプレーを続けている。
霧野は慌てて、部屋に転がっていたペットボトルに手を伸ばした。
狩屋に手渡そうとすると、またすぐ指示が飛んでくる。

「中身、水槽に入れてッ」

トポトポとペットボトルから水槽へとお茶が注がれる。
貯まっていく水槽に狩屋も安堵したように肩の力を抜くと、スプレーを止めてもう一本のペットボトルを開けた。
トポトポと二人並んで、ペットボトルを注いでいく。
水槽がどんどん新緑色に染まっていく。


「これ、寒さに弱いんです。
こうしとけば冬眠状態になるからもう安心です」

狩屋がそう言って水槽の蓋を閉じた途端、霧野はそれまでの思いが一気に爆発した。
どかり、と半ば体当たりのように狩屋を殴りつけた。


「なんだよ、コレッ!?なんでこんなのがお前の部屋にあるんだよッ!?
どうしてお前は帰ってくるの遅いんだよッ!?
馬鹿だろッ、お前!!」

興奮で上気した頬に、涙の浮いた瞳。そして何より未だ震えたままで力の入ってないパンチ。
狩屋は馬乗りになって自分を殴ってくる霧野の姿を見て、抵抗しようとして止めた。
勝気な霧野がここまで怯え、それでもそれを隠して懸命に自分を怒る姿になんだか胸がいっぱいになる。


「すみません!
俺の知り合いに変な人が居て、誰からか俺が失恋したって聞いたみたいでソレ置いてったんです。
『わが社の自慢のオモチャだから、その子に使えば一発でマサキに堕ちるよ』って」

その言葉で、少しでも慰めになればと弁明を始めた狩屋の首元を霧野がぎゅっと絞めあげた。


「それで今日俺を部屋に呼んだのか!?」

「違いますっ!!
今日呼んだのは少しでもアンタと二人っきりになりたかったから!
キスだけでもこんだけ避けられたんだ。
無理矢理そんなの使ったらアンタ俺の事絶対許さないだろっ!?」

頭に血が上った霧野と、必死に誤解を解こうとする狩屋の強い視線が至近距離で交錯する。
先に視線が緩んだのは狩屋だった。


「アンタに嫌われんのが一番堪えるって知ってました?先輩」

そう呟くと狩屋の顔が自嘲気味に歪んだ。


「振られても、望み無くても、アンタの事が好きなんだよ。
少しでもアンタと一緒に居たくて姑息な手段とってみても、こんなズルい事してアンタに嫌われるんじゃないかって怖くて堪らないんだ。
一時的にアンタが手に入っても、嫌われたら意味ねーんだよ!」


どんなに顔が歪んでいてもまっすぐ見つめる狩屋が、本音を語っている事は痛いぐらい伝わった。

霧野の視線からも怒りが消えていく。

二人の間に沈黙が落ちてくる……。
何も言えないまま、視線だけが離れる事無く絡み合っていた。



 

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