本当のプレゼント



その日、南沢さんはずっと俺の手を握ったままだった。
最初に行った美術館も、ゆっくりと散策した公園も、ずっと南沢さんは俺の手を握っていた。

こんなの…、初めてだ。

南沢さんとはもう随分長く付き合っているけど、こんなデートは初めてだった。
いつもはお互いの家に行ったり、買い物に行ったり遊びに行ったりっていうデートをしてる。
そう「男同士だとデートには見えないデート」だ。
こんな中学生の男子が二人で来たら浮く事間違いない、美術館なんて行った事ないし、
公園だってこんな目的もなく歩くなんてしたことない。
勿論、外じゃ手なんか握った事も無い。

ゆったりとした二人だけの時間を楽しむようなデート。
それは嬉しくて、落ち着かなくて、そしてほんの少し切なくて。
きっと南沢さんが手を握ってくれていなかったら、どうしていいか分からなくなっていた。
それなのに、その握られた手にせつなさを感じる俺は少し贅沢なのかもしれない。





わざと控えめになっている照明は、今の俺にはやっぱり少し落ち着かない。
反対側に座る南沢さんはいつもよりも大人っぽい雰囲気で、それが店にも凄く合っている。
なんだかすごく遠く感じる。

料理は確かに美味しいし、雰囲気だってすごく良い。
でも俺はやっぱりいつものファミレスやファーストフードの方がいい。
明るすぎる照明で、煩いぐらい賑やかで、少し大きく椅子を引いたら周りの席にぶつかってしまうくらいの方がいい。
だって南沢さんが遠い。
南沢さんの顔がはっきり見えない。
…不安になる。


「南沢さん…」

俺はテーブルの上にそっと手を出した。

「ん?」

ごく自然に南沢さんが俺の手に自分の手を重ねる。
嬉しいのが当たり前のはずなのに、いつもみたいにテーブルの下でこっそり手を握る方がイイって思う俺はどうかしてるんだろうか。


「そんな緊張するなって。大丈夫だ、似合ってるしバレっこないから」

「そういう問題じゃないです!」

南沢さんの馬鹿。
南沢さんは寧ろ今日一日ずっと上機嫌で、俺の気持ちなんて全然気づいてない。


「今日…、どうしたんですか?
初めてじゃないですか、こんなデート」

(やっぱり俺が女の子の方がイイですか…?)
一番聞きたかった事は、ぐっと心の奥にしまった。
俺のプライドがそれを聞くのを許さなかった。

俺が相当な覚悟で口にした質問だというのに、南沢さんは事も無げに手を離してグラスの水を飲みながら答えた。


「まあな。
一周年記念だし」

「えっ?」

それは思ってもみなかった答えだった。
一周年…、言われるまですっかり忘れていた。
それに南沢さんがそれを覚えていた事にも驚いた。
驚きの声を上げた俺に、南沢さんがグラスを持ったまま俺を指差す。

「お前、忘れてただろ?
何にも無いのにプレゼントとか普通、不思議に思うのにな。
モテる奴は違うな、プレゼントとか貰い慣れてるって?」

「ちょっ!南沢さんの方がモテるくせに何言ってるんですか!?」

図星を指された俺は思わず大きな声で力いっぱい否定してしまった。
静かな店内に俺の声が響く。
俺が女装した男だとバレなかっただろうか?
辺りを見渡してみても、突然の大声に驚いてこっちを見た人達も、すぐ俺から興味が移ったみたいに前を向いてしまう。
ホーッと安堵の溜息を吐いていると、南沢さんがグラスを置いて呟いた。

「ま、それ厳密にはお前の為のプレゼントって訳じゃないしお互い様か」

そう言うと、テーブルの上に置いたままだった俺の手にまた手を重ねる。

「見せびらかしたかったんだよ。
俺にはこんな可愛い恋人が居るって」

「じゃあ…!」

俺は咄嗟に重ねられた手を引いた。
こんな可愛い恋人、南沢さんにとってそれは今の女の姿を指すって宣告された気がした。
南沢さんは俺の拒絶に明らかにムッとした表情に変わる。


「あー、ウザ。
一年も付き合ってるのにまだ俺の事何にも分かってないのか。
ノーリスク、ハイリターン。
高値安定の人生が俺のモットーだっていい加減分かれよ。
男とデキてるってバレたら俺の評判地に落ちるだろ?」

「だからって…ッ!」

そりゃ俺だって進んで俺達の関係をオープンにしようなんて思わない。
でもこの言い方は無いだろ?
俺がもう帰ろうと立ち上がりかけると、南沢さんは帰さないと言わんばかりに俺の手にまた自分の手を重ねた。


「それを承知でお前と付き合ってんだろ。
しかも一年も。
その意味ぐらいお前ならとっくに分かってると思ってた」

その一言に俺の中で膨らんでた気持ちがプシューッってみるみる内に萎んでしまった。
結局ただ座りなおしただけで大人しくなってしまった俺に南沢さんがプッと吹き出した。


「本当」

「可愛いな、お前は」

いつもの台詞がいつも以上に恥ずかしかった。


 END

 

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