捕まる



霧野とつい話が弾んでしまった…。


神童はすっかり暗くなってしまった辺りの風景に苦く、それでいて嬉しそうな笑みを浮かべる。


――そう言えば、こんな事も随分と久しぶりだ。


部活で存分にサッカーをして、帰り道でも霧野とサッカー論で熱くなって。
話の決着が付かなくて結局公園で立ち話をしてしまった。

しかも公園の外灯が点灯して初めて、自分達がこんなにも長く話していたことに気付いた始末だ。
だから霧野とも先程別れたばかり。
多分霧野も今頃予定外に遅くなった家路を急いでいるはず。


こんなにもサッカーを心から楽しいと思える日がまた来るなんて…。


幼い頃初めてのサッカーボールにワクワクした気持ち、
初めてシュートを決めた時のドキドキ、
そして司令塔としてゲームを支配出来たと初めて感じた高揚感、
その時の自分と変わらない気持ちでサッカーをしている自分が嬉しい。

こんなにも充実している。


神童はすっかり夜の帳に包まれて人気の無くなった公園を颯爽と通り抜けていく。




・・・はずだった。



遊具のある一帯を抜け、屋根のある休憩所の角を曲がった瞬間、大きな黒い影が死角からすごい勢いでぶつかってきた。

「ッ!?」


突然の浮遊感。
ぐるりと一転した視界。
そしてそのまま、どこかへと移動させられる。


――ゆ、誘拐!?


財閥の御曹司である神童は咄嗟にそう判断した。


手は?・・・動く。
足は?・・・動く。
荷物は?・・・ある。

ただ男に抱えられて肩に担がれているだけだ。


自分の状況を確認出来たことで、冷静さが戻ってくる。
これなら逃げられる。


神童は男側の手で必死に抵抗を装い、反対側の手でそろそろとバッグを手繰り寄せる。
そしてバッグの中身を確認し、スプレーのキャップを外す。


――よし!


そして一気にバッグに付けてある防犯ブザーを引き千切る。
栓が抜け、けたたましくブザーが鳴り響く。


「チッ」

男はその防犯ブザーに軽く舌打ちしただけで、あまり動揺は見られない。
神童の手からブザーを奪うと、躊躇もなく投げ捨てる。


「オイタが過ぎるぜ、僕ちゃん?」

男が神童の方を向いた瞬間、神童は男の顔目掛けてアイシング用のコールドスプレーを噴射させる。


「ぐおおおっ」

男が痛みでのた打ち回る隙に、神童は脇目も振らずに走り出す。
咄嗟に家と反対側の出口へ向かってしまったが、そんな事に構っている場合では無い。

今は兎に角逃げる事が先決だ。


――もう、出口はすぐそこだ!

出口を視界の端に捉えて、神童は走りながらも自然と安堵の笑みを浮かべていた。



「神童っ!!」

・・・えっ?


何故霧野の声が?
そう思った瞬間、何者かに激しいタックルをされる。

激走していた体が簡単に吹き飛ぶ。



「あー…っ、アイツ何かヘマやりやがったな」

タックルをした何者かが、ぶつぶつと呟きながら倒れている神童をまるで物のように踏みつける。


「かはっ!」

「神童ッ!!」


自分の呻き声に反応するように自分を呼ぶ声がする。


神童が苦しさを堪えながらうっすらと目を開くと、
自分を踏む男の肩に担ぎ上げられた霧野が懸命に自分に向かって手を伸ばしていた。


――ああ、こんな事になるなんて…。


夜遅くまで話していたのは自分だけじゃない。
夜道を一人で歩いていたのも自分だけじゃない。


――霧野を巻き込んでしまうなんて…。


一筋の涙が、綺麗に刈られた公園の芝生へと滴り落ちた。



 

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