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「でもまずはぁー、ご主人様からも作っておくようにって言われてる所有の指輪を作らなくっちゃ。
決まった相手が居るって分かるようにする為の指輪なの。
だからご主人様の愛人はみーんな、こういう風な指輪を贈られるんですよぉー。
私のはご主人様の家紋とβの刻印が入ってる特別製。
家紋は全員に入ってるけど、名前まで刻印されてるのは私だけなんですからぁ」
ベータが左手を掲げ、自慢げに薬指を見せ付ける。
そこには前面に大きく家紋だと思われる、日本古来の家紋を幾分西洋風にアレンジしたような凝った意匠のマークが彫られている。
その意匠は傍目にも家紋が分かるようにか随分と大きく、そのせいか指輪はベータの細い指で一際目立つ。
左手の薬指に光る指輪は女性的なデザインでは無いものの、その場所から神童に結婚指輪を連想させた。
「それを…、俺も…?」
神童は問いながら、眉を寄せた。
はっきりと言ってしまえば、そんな指輪など付けたくない。
そもそもサッカーとピアノを好む神童にとって指輪は邪魔になるだけだったし、そんな意味深な指輪などしないで済むならしたくはない。
「あ、これも嫌かしらぁ?
だったらしなくてもいいのよ、ただ不特定多数に言い寄られるだけだからぁ。
立場の弱い貴方じゃ、セックスのお誘い一つお断りするのも無理でしょうけどぉー」
だがケタケタ笑うベータに、神童は自分の意見を変えざるを得なかった。
「それをしたら、他の人間からはああいう行為を強制されなくなるって事か…?」
「んー、それはどうかしらぁ。
貴方の時代だって浮気や不倫はあるでしょ?
それにご主人様が御命じになれば他の人にも御奉仕するようだしぃ。
でも結婚システムが事実上破綻してるからこそ、こういう意思表示を重視して大切にする人は多いと思いますよ?
だって色んな人とセックスしたいって思ったら、この指輪を外せばいいだけなんですものぉー。
外したってご主人様は怒ったりしないしー、法的制約なんてないしー」
訝しげに尋ねた質問に、返ってきたベータの答えは神童にも納得出来るものだった。
その指輪をしていれば、少なくともここの主以外の人間から不必要に迫られたりはしない。
それはこの性モラルの著しく低下した社会でも有効らしい。
「でも貴方はこの指輪するの嫌なんでしょ?
貴方が嫌な事はしないってさっきも言ったじゃないですかぁ」
からかうように首を傾げたベータに、神童は顔色を変えて否定した。
「いや、そんな事は言っていない!
別にその指輪をするのは嫌ではないんだ!」
「そう?
じゃー、良かった!もう指輪屋さん呼んじゃってるんですもの」
神童の否定をベータが簡単に受け入れた事に、神童はホーッと胸を撫で下ろした。
ここの主というベータの強力なストッパーが不在の今、彼女なら神童の意思など無視して神童に性行為を強いる為に不特定多数をけしかける可能性だって否めない。
それだけ彼女にとってここの主の意向は重要なのだろう。
そう思い至って、神童は再度胸に安堵が広がっていくのを感じた。
ベータはあの人には逆らえない。
そして……。
こうやって色々とベータに命じてくれたあの人は、自分を守ろうとしてくれている。
誰も彼もが敵に見えるこの世界で、今は不在のあの人だけが自分の味方だと神童は感じていた。
あの人に守られている気さえしていた……。
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