調教二日目



「おはようございますぅー。
あらぁん、目の下にクマが出来てますよぉ。
寝不足はお肌の大敵!若いからって油断しちゃ駄目じゃないですかぁ」

ドアの開く音に振り返った神童に、ベータがクスクスと含み笑いをした。
死者に鞭打つようなベータの笑い声に、神童は寝不足でただでさえささくれ立っている神経を逆撫でされジロリとベータに視線を投げた。

ベータになんと言われようと、昨夜は寝られるような心理状況ではなかった。
知らない時代の知らない場所。
どれが自分にとって一番良い選択なのかさえも判断できずに、延々と悩む事しか出来なかった。
結局最善の答えなんて見つからないまま、新しい朝が来てしまった。


……――また…、昨夜みたいな事を強要されるのか……。


神童は自分が神経を磨り減らしている様子に上機嫌なベータに、鬱々と沈む心を隠せないでいた。


「やっだぁー、怖ーい。
やっぱり昨日、お夕飯を忘れちゃったから怒ってるんですねー。
ごめんなさーい、ちゃんと朝食はもってきたから許して下さるかしらぁー」

朝食……?
神童は一瞬、食事という行為が上手く頭の中でベータの言葉と結びつかずに眉を顰めた。
過激な性行為が待っていると覚悟していただけに、日常的な単語が飛び出してきて拍子抜けさえしていた。
言われてみれば過度のストレスで空腹は感じていないが、確かにこの世界にきて食事は摂っていない。
最後に食事したのは昨日の朝食。
神童は丸一日食事をしていない自分に気づいた。
ベータの背後からまだ温かそうに湯気を立てている食事を持った年嵩で小太りの男が続いて入ってくると、部屋にふんわりと食欲をそそる匂いが広がっていく。
焼けたベーコンに温かいコンソメスープの匂いは、神童の知ってる時代のものとなんら変わらない匂いだった。
この時代にきて初めて、神童は自分の心が安らぐのを感じていた。
忘れていた空腹も、きゅぅ〜っと慎ましい音を立てて食事を求め始めた。


「ほら、さっさと食事の用意をして」

「はい、ベータ様」

カーテンが開かれ、明るくなった室内でテーブルの上に置かれる朝食。
神童は男が黙々と準備する様子を、穏やかな気持ちで見守っていた。

……食事の準備終えた男が最後の仕上げとばかりに下腹部を露出するまでは。


「な…ッ!」

「ふふっ、働かざるもの食うべからずって言いますよね。
ここで性奴隷としてまだなーんのお仕事もしてない貴方がただで食事を貰える訳ないでしょ?
残念ながらご主人様はお留守ですから、替わりに食事を用意してくれた爺やにお礼をしてあげるってどうかしら。
爺やも貴方のお世話に力が入って、一石二鳥よねー」

「はい、ベータ様」

ソファに腰掛け、ベータは足をぶらぶらしながら男に向かって首を傾げた。
ベータに対する恭しい返事とは対照的に、神童へ不躾な視線が男から向けられる。
その視線の意味をもう神童は知っていた。
昨夜この館の主からも感じた視線。
自分を性的対象として値踏みする、下卑た視線……。

神童は男からの視線を避けるように、昨夜から着たままの雷門サッカー部のユニフォームの襟を立て、露出した太腿を片手で隠した。


「神童様、お願い致します」

慇懃な言葉とは裏腹に、男は無遠慮に局部を神童の顔に近づけた。
ベッドに腰掛けていた神童を跨ぐ様に、男は股間を神童の顔に寄せる。
ほのかな食事の匂いをかき消すような生々しい臭いに、神童はついっと顔を背けた。
顔を背けても、自分を跨いだせいで露になってる男の毛深い太腿が目に入って、神童はげんなりと首を振った。


「…ふざけるなッ」

吐き捨てるように呟けば、男は残念そうに神童の髪に触れた。

「お慈悲は下さりませんか?」

ゾワリと神童の背が粟立つ。
男は今、「自分の性欲を煽るような触り方」をした。
性欲をじんわりと煽り、自分に男の性器を舐めるように仕向けようとしていたのだ。
神童にとって、これ以上の侮辱は無いように思えた。
こんななんの恩義もない、初対面の冴えない中年男性にそんな扱いをされる事に激しい屈辱を感じていた。


「触れるなッ!!」

バッと神童は男の手を振り払った。
自分の髪に男の手を触れさせてしまったのさえ後悔していた。
汚れてしまった自分の髪を掻き毟りたい気分を抑えて、神童はベータを睨んだ。


「俺はそういう事をするつもりは一切無いッ!!
ここの主人だというあの人が居ないのなら尚更だッ!!」

神童は自分が口にした言葉に勇気付けられている自分を感じた。
そうだ、この男のように屋敷に雑用をする為の人間が居るなら自分もその仕事を手伝おう。
自分にどれだけの事が出来るか分からないが、自分の身体を切り売りするような屈辱的な行為よりもその方が余程良い。


「あらぁ、それが通用すると思ってるのかしら。
おっかしー、昨夜貴方もここで性奴隷として生活する事を受け入れてたじゃないですかぁ。
今更、『やっぱり怖いからさっきの無しで』なんて虫が良すぎますよぉ」

だが、ベータはそんな神童の言葉を一笑に付した。
そして立ち上がると、テーブルに用意されていた朝食を大胆な手つきで床に落とす。
ガシャァァンという耳障りな音が響き、豪華なカーペットにスープの飛沫が飛んで小さなシミを幾つも作った。


「お勤めを拒否するって事は、食事はいらないって事ですよね?
うふふ、無理強いはするなってご主人様に止められてるから強制したりなんてしませんよ。
誤解されてるようですけど、ベータって優しいんですからぁ」

床が汚れた事など、ベータは微塵も気にしていないようだった。
嫣然と笑うと、未だ局部を露出したままの男に対してあごをしゃくった。
男は慌てて身づくろいすると、散乱した食器を片付け始める。


「でもぉ、『貴方に無理やり何かをさせるな』とは言われてますけど『貴方に何かをするな』とは言われてないんですよねぇー。
ご主人様に貴方のお世話係も任されてるしぃー。
だから今日はー、ベータが貴方に色々教えてあげますね?
貴方が知らない事、たーくさん!
きっと貴方、ワンちゃんみたいに涎垂らして悦んじゃいますよぉー。
うふふ、楽しみー」

ベータの乾いた笑いと、食器を片付ける音だけが部屋に木霊する。
予想通りの展開に、神童は眩暈を感じベッドへと片手を付いた。
視界の隅で、あんなに食欲を誘ったベーコンが干乾びて床に転がっていた。



 

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