2*



微動だに出来ない神童の前で、ゆっくりとベータの身体が弛緩したようにベッドに崩れていく。
ベータの吐息だけがやけに部屋に響いている。


「はぁ…ッ、はぁ…ッ、はぁ…ッ」

崩れるベータを避けるように神童は咄嗟に足を縮ませた。
ベータはそれには気づかないようで、肩だけが呼吸音に合わせて上下している。
と思ったら、急にヒクンとベータの肩が跳ねた。


「駄目じゃないか、勝手にイったりして。
イく時は私の許可を得てからという約束をベータは忘れてしまったのかい?
可愛い男の子が来た途端にこれじゃあ、少々妬けてしまうな」

神童が少しだけ視線を逸らすと、ベータの背中を男がふんわりと指でなぞっているのが目に入る。
節の目立つ逞しい指なのに軽やかなその指の運びは、背をなぞられているだけだというのにベータを簡単に翻弄してしまう。


「あ……、やぁ…ッ、もぉ少し、待…っ、て、くだ…さ……ッ」

「フフッ、ああいいよ。落ち着くまで待ってあげよう。
私はベータには甘いからね。
待つ間に可愛い彼を紹介してくれるかな?」

ベータの背を愛おしそうに目を細めて見つめていた男がそこで視線を上げた。
意図せず合ってしまった視線に、神童はドキリと顔を俯かせる。
敢えて見ないようにしていた男の顔は、想像していたような醜悪で下卑た顔ではなかった。
ベータのような未成熟な子供を相手にするような変態だから、きっと大人の女性では相手にされないような不細工な面相をしていると勝手に思っていたのだ。
だが、男の顔は浅黒く精力的な顔なのにどこか上品な顔をしていた。
霧野のような綺麗という顔立ちとは違うが、それなりに整った男らしい魅力的な顔だった。


どことなく豪炎寺さんに似ている……。

そう思ってしまった神童は慌ててその考えを追い払うように首を振った。
男は確かにどことなく豪炎寺に似ていた。
豪炎寺を二十歳分年を取らせたら、きっとこんな感じになるだろうと思わせるような雰囲気をしている。
だが、それを認めてしまうのには男がしている行為があまりに豪炎寺に似つかわしくなかった。


「ん…ッ、彼はぁ…、名前は確か、神童拓人…。
サッカぁーが少し得意な、中学生ですぅ……」

「ほぉ……」

俯いた頬に値踏みするような男の視線が突き刺さる。
神童は堪らない居心地の悪さを感じていた。
恥ずべきは向こうであるはずなのに、どうして男は動揺もせず、こんなにも自信に満ち溢れているのだろうか。
自分がこんな風に視線を避ける云われはない。
そう思うのに、男が自分を見つめているかと思うと顔が上げられない。


「宜しく、神童君。
私はここの主。そして今日から君の主人となる人間だ」

男の言葉に、俯いたままだった神童はぎょっとして顔を上げた。
先程のベータの呟きを裏付けるような発言を、男はまるで今日の天候を話題にしているような何気なさで口にした。
男は神童が驚愕の表情で急に顔を上げた事に、寧ろびっくりしたようにほんの少しだけ片方の眉を上げた。


「おっと、凄い顔だな。可愛い顔が台無しだ。
そんな驚くような事を私は何か言ったかな?」

「ふふふ…、ご主人様ぁ、お忘れですぅ。
この子は二百年前の人間ですもの、現代の常識はわからないんですわぁ」

少し落ち着いてきたのか、ベータの口調は普段のものと変わらないまでに復調している。
ベータはそう補足するように言うと、神童の事を見下した。
口元にはほんのりと冷たい笑みを浮かべながら。


「でも、それにしてもその顔はご主人様に対して失礼ですわ。
これからみっちりご主人様に対する礼儀を教えこむ必要がありますわね」

「……ベータ、彼はまだ何も知らないようだし」

邪悪な顔で笑うベータを背後にいる男は見えないはずなのに、そう窘めた。
途端にベータが神童に対する態度と一変させて、シナを作って身悶える。


「ああ〜ん、ご主人様はお優し過ぎますぅ〜!!
こんな子に優しくする必要ございませんわぁ。
あ、そうですわご主人様ぁ。ベータね、お願いがあるんですぅ」

「何かな?」

「この子のぉ、躾はぁ、ベータに一任してほしいんですぅ〜。駄目ですか?」

「……ベータに?」

「……ええ」

床に伏せっていたベータが、身体を起こし男に振り向く。
二人の視線が妖しく絡み合うのを、神童はその場に居ながら気づく事は無かった。
神童の方から男の方へと顔の向きを変えたベータは、何かを強請る顔では無かった。
明らかに共犯者に向けた顔。
声だけはおねだりに見せかけた、それは確認だった。


「…ああ、いいよ。可愛いベータのお願いだからね。
ただし、神童君の意思をあくまで尊重すること。
それから出来れば私もその場に同席させてほしいな。
君は少々やりすぎるところがあるからね」

「やっだあ、それじゃあ私がいじめっ子みたいじゃないですかぁ!
ベータはそんな意地悪じゃありませんよーだ」


ベータと男は、ピロートークのようなしっとりとした甘やかさを含んだ雰囲気で神童の運命を決めていく。
それは神童の目には、年下の可愛い恋人に強請られて新しいペットをプレゼントするパトロンのように見えた。
自分はペット用の小動物か何かで、しかもその飼い主はベータなのだ。
ベータの性格を知っているからこそ、自分のこれからが怖かった。
自分はどうなってしまうのか……?
神童はそれだけを恐れ、二人のやりとりを固唾を呑んで見守っていた。


――そう、その二人のやりとりさえも本当は調教の一環であると、神童は気づかずにただこれからの自分の運命を思い悩んでいた。


 



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