プロローグ



眩いけれどどこか無機質なその景色を、ベータは車内からただ流れ行くままに眺めていた。
闇と人工的な明かりとの融合は綺麗ではあるものの、ベータの心を擽る類のものではない。
彼女の心は満たされない思いでいっぱいだった。


――あーぁ、いつまでこうしていなければならないのかしらぁ。
本当ならこんな仕事は私の役目ではないはずなのにぃ……!


窓の外は確かに眩く、彼女の視界に入るものは全て上質なもので占められている。
だが、それと引き換えに彼女の指には所有の証が光り、彼女の太腿にはむくつけき指が這っている。
それは彼女の意思で望んだ境遇ではなかった。
望まないままに墜とされた境遇。
彼女が望むのは広い空間と緑の芝に覆われた場所に戻ること。
そこにしか、特権を奪われた彼女の空虚さを埋めるものはなかった。


だがその日は少しだけ普段と異なっていた。
流れるままに過ぎていくはずだった景色に、ふと珍しいものを見つけたのだ。


「あ、ご主人様ぁ!
ベータね、今、すっごい珍しいものを見掛けたんですぅ。
少しだけ寄り道しても宜しいかしらぁ?」

甘えた声で隣の壮年の男性にしなを作ってみせれば、豪奢な車はすぐに路肩へとその進行方向を変える。
車が停まり、車を降りてドアを閉めると、ベータはそれまでの仮面を金繰り捨てて、先ほど見かけた路地へと走り出す。
それは先程までの優雅で淫靡な様子とはかけ離れた俊敏さに溢れている。

あの遠目にもはっきりと識別できる黄色い服。
あれは確か……!


「やっぱり……ッ!」

全力疾走するには少々距離が離れていたにも関わらず、ベータは息を乱すことなくその角を曲がる。
そこにはさっき見掛けたとおりの人物が路上に倒れていた。
その目立つ色調の服は、辺りの景色にそぐわず、どこかその少年を浮世離れした存在に見せている。


「あーらら。
これは面白いもの拾っちゃっいましたぁ。
フフ…ッ、これから楽しくなりそ」

ベータは苦悶の表情で倒れている少年の姿にほくそ笑む。

その少年の服が辺りにそぐわないのも当たり前の事だった。
それもそのはず、彼の服装はこの時代のものではないのだから。


彼……、神童拓人は雷門中サッカー部のユニフォーム姿のまま、200年後の未来の路上で無防備に倒れていた。


 

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