SIDE速水6



「昨日はあんな事言ったけどさ、あんなの一時のその場凌ぎでしかないじゃん?
今日はずーっと傍に居て、何が怖いのか、怖くなくなるまでちゃんと話聞くからさ。
俺たち、親友だろ?速水が怖いなら、俺はずーっと傍に居る。
ね、だから服着なよ。寒いっしょ?ね?」

崩れ落ちた俺に、追い討ちのように浜野クンの残酷な言葉が降ってくる。
優しくて、思いやりに満ちた、残酷な言葉。


「昨日の俺はマジでどうかしてた。
怖かっただろ?もう二度としないから。約束する!
ほんっとに悪かった!」

床に蹲ったまま動けない俺に、浜野クンが頭を下げる。
普段ふざけてばっかりの浜野クンの意外なほど真摯なその態度。
ああ、もう……。
本当に駄目なんですね……。


俺は嬉しかったのに、浜野クンにとって昨日のアレは謝らなきゃいけない事で無かった事にしたい出来事なんですね。


「ね、だから泣き止んでよ。
頼むからさぁ〜!」

浜野クンの言葉は、謝罪の次は懇願だった。
俺はそれをほんの少し可笑しい気持ちで聞いていた。
口元にほんのり苦笑が浮かぶ。

だって可笑しいじゃないですか。
どうせ叶いっこないって思ってたはずなのに、実際に拒絶されたらこんなにもショックを受けているなんて。


――本当は心のどこかで期待してた。
もしかしたら浜野クンも…、って。


あーぁ、馬鹿みたいですよね。
浜野クンに抱いてもらえたらもう悔いはない、…なんて。
それって裏を返せば、俺が誘惑すれば浜野クンは抱いてくれるかもって思ってたって事ですもん。
それどころか、もしかしたら浜野クンも俺を…、とかずうずうしいにも程がありますよ。
思い上がりもいいとこ。
本当に笑っちゃいますよ。
だって、ね。現実は……。


「はま…、の、く……」

俺はどうしても現実を受け入れられなくて最後の足掻きで浜野クンに向かって両手を広げた。
抱いてっていう、涙で言葉が不明瞭な俺の嗚咽交じりの無言のアピール。


「……ッ!」

でも返ってきたのはギクッとした顔で息を呑んだ浜野クンの姿。


「悪りぃ、今それは……。
取り合えず服着てよ、速水ぃ〜」

それから謝罪と懇願。
ふふ、また謝罪と懇願されちゃいました。
俺はこんなにも浜野クンにとって困った存在だったんですね。
こんなの…、もう笑うしかないじゃないですか。
俺は泣き笑いの表情で言われるままに床に落ちたズボンを拾う。
制服をキチッと着込み顔を上げれば、眉を寄せたままの浜野クンが俺に近づいてくる。


「速水……」

俺の前に膝まづき、ぎこちなく廻される腕。
制服越しの腕は、俺に触れているかどうかも定かじゃ無いほどあやふやなものだった。


「・・・」

ここって本当に浜野クンの腕の中なのかな……?
あんなに切望していた浜野クンの腕の中は、悲しいくらい空虚で何も無かった。
腕の中に居れば全身が浜野クンに触れられるって思っていたのに、今、俺に触れているのは背中に指が少しだけ。
それさえも厚い制服の布地に阻まれてすごく遠く感じる。
しかも視線さえ合わせてくれない。
こんなに傍にいるのに浜野クンは俺じゃなくて俺の背中側の床を睨んでる。
俺の視線に気づきもしない。
なんだか凄く遠く感じる……。


「浜野、く……!」

俺はまた涙が浮かんできて、堪らなくなって浜野クンの胸に手を伸ばした。
制服の肩に顔を押し付けても、ギクリと強張るだけで浜野クンはされるがままになっている。
ぎゅぅって背中に手を廻しても、浜野クンは困惑するだけで振り解きはしなかった。


触れるのはいつだって俺から。
浜野クンは決して俺に触れようとはしない。

でも俺はその時気づいてしまった。


浜野クンは俺が縋る手を振り解いたりしないって事に。


――……醜悪な独占欲がドロリと俺の全身に絡みついた。


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