5



覗いた底無し沼の深淵は、俺には寧ろ居心地が良かった。
だってもうそれ以上沈み込む事はないから。
ただ、そこから身動きが取れないってだけ……。

最悪の事態を知ってるって気が楽になるものなんですね。
地上にいる時には決して言えなかった事さえ言える気がする。
――決して届く事はないと分かっているからこそ、濁った水の遥か頭上にある眩い太陽に手を伸ばす事が出来る。




「は、浜野クン……」

俺を見つけた瞬間の浜野クンの顔が最終通告でした。
居る筈もない俺を見つけた驚きよりも、俺への気まずさに溢れた表情。
なんで居るんだよ、会いたくなかったのに。
…って、俺を見つめる浜野クンの顔にはっきり書いてある。


「あ、あのですね…」

だからもういい。
あんな事シちゃって、浜野クンが俺と居るの気まずくなっちゃう気持ちも分かりますし。
それにいきなり泣き出しちゃった俺が悪いんですよね?
今まで以上に俺の事をウザく感じるの当たり前ですよ。
浜野クンが俺を避けるのも当然です。浜野クンは全然悪くありません。
だからもういいんです。
無理して俺の傍に居てくれなくて。

俺も。
俺も無理して傍に居させて欲しいなんてもう言いません。
……遣り残した事をしたら、浜野クンを解放してあげますね。


「あのっ!俺、また怖くなっちゃったんです!!
昨日のまたシてくれませんかぁ……ッ!?」

俺の心残りは、昨日千載一遇のチャンスに浜野クンをちゃんと誘えなかった事。
もっとちゃんと誘って。
それで最期に浜野クンに抱いてもらえれば。

……もう俺に思い残す事はありません。


「・・・」

何も言わない浜野クンの前で、俺は昨日と同じように制服のボタンを外していく。
どうすれば浜野クンが少しでも俺に欲情してくれるかな?って考えて、悩んだ末に髪の毛も解いてみる。
肩まで届く癖のある髪は、俺の顔のラインを隠して、少しは俺を女の子っぽく見せてくれるかもしれない。
俯けば前髪が垂れ下がって、貧相な俺の顔を隠してくれるかもしれない。


「アハッ、可笑しいでしょ?
怖くて足がずーっと震えたままなんですよ」

制服のズボンのフックってこんなに固かったでしたっけ?
定まらない手で外すフックはカチカチと小さな音を立てるだけで中々外れない。
焦る手でジッパーまで漸く下げれば、汗で滑ったのか手から制服が滑り落ちる。
あ、と思う暇もなくストンと一気に落ちてしまった制服に、俺は己の失敗に胸が跳ねた。
もう、俺の脚は何も纏っていない。
浜野クンの前で下着姿になっているんだ。
そう思うと顔に熱が集まった。
素足を浜野クンの視線に晒しただけで、俺の脚は傍目にも分かるぐらい震えてしまっている。
どうなんでしょう?俺の素足は浜野クンを少しは興奮させられてるでしょうか。
それともこんなにガタガタ震えてる脚じゃ、色気なんてないですか?
膝の鳴ってる脚が急に気恥ずかしくなって、俺はグイッと制服の裾を延ばした。

ああ…、もう……!
浜野クンを誘惑しなきゃ駄目なのに、何をやってるんでしょうか俺は。
まだ脚を見せただけで何もしていないのに、こんな風に恥ずかしがったりして。
そう思うのに、脚の震えはちっとも治まってくれない。
思うようにならない脚に、思うように進まない誘惑。
最期の覚悟を決めてきたのに、それでもちゃんと出来ないなんて、なんて俺は駄目なんだ。
そう思ったら、脚の震えが更に酷くなって立っていられなくなった。
ペタンって、俺は膝から床へと崩れ落ちた。
サッカー棟の磨きあげられた綺麗な床が素肌に触れる。


「浜野クン……」

ハァッて吐息交じりに万感の思いを込めて、俺は浜野クンを見上げる。
涙でぼやけた視界に、真っ赤な顔した浜野クンが映る。
でも涙のおかげでその細かい表情までは窺い知る事が出来ない。


「俺…、いっぱい、いっぱい怖いんです」

俺は浜野クンを見上げて、正直な気持ちを口にする。
……本当、怖くて堪らない。
涙の向こうで浜野クンがどんな顔しているのか、想像するだけで死にそうになる。

制服のインナーに着ているTシャツをたくし上げれば、暖かくなってきたとはいえ4月になったばかりの気温は素肌に冷たく突き刺さる。
4月の温い冷気は露になった胸先を尖らせただけで、火照った身体に瞬時に溶かされてしまう。


「だから……。
怖くなくなるには昨日よりもいっぱいいっぱい……。

…エッチな事、沢山浜野クンにシて貰わないと、多分無理です……!」


・・・それは、確かに俺の精一杯のお願いだった。
服も脱いで、髪も解いて、胸まで見せて。
精一杯頑張って、俺なりに性的に魅せたつもりでした。
でも、

……でも浜野クンの心を動かすには足りないみたいです。


「…悪りぃ」

ずっと黙っていた浜野クンが、俺の視線を避けるように俯き、小さく呟く。
浜野クンの周りに鉄壁のバリアがあって、俺の想いは弾かれてしまうみたい。
俺がどんなに想っても、バリアのせいで浜野クンの心まで届かないんでしょうか?

・・・俺の瞳から落ちた涙が、尖った乳首を濡らして割れた。



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