SIDE速水4



ポンッていつもと同じ風に肩に手が置かれた時、どくんって大きな鼓動がした。
いつもと同じ調子で「おっはよー、はっやみー!」て浜野クンの声が聞こえたら、耳の奥がキーンッてなった。
思い出したくもないのに昨日俺を置いて帰ってしまった浜野クンの姿が脳裏に浮かぶ。
そしたら涙が自分でも止まらなくなって……。


……いつもと同じ、変わらない浜野クンに全身が悲鳴を上げてる。


「ハァーッ」

誰も居ない教室で自分の机に突っ伏して今日何回目か分からないくらい何度もした溜息をまたしてしまう。
さっきから今朝の出来事が頭から離れない。
折角昨日の事をちゃんと聞こうって決めていたのに。
いつもどおりの浜野クンを前にしたら問いただすなんて出来なかった。
泣いて、それから泣いてしまった自分にうんざりして、それで結局逃げ出してしまった。
あんな風に泣くなんてウザイってまた浜野クンに思われてしまうのに。
あんな風に逃げたんじゃ余計聞きにくくなってしまうのに。


「ハァーッ。
・・・なんで俺にあんな事シたんですか?ね、浜野クン……」

俺の溜息交じりの呟きは聞く人のいないまま、空しく俺の机に吸い込まれていった。

なんで浜野クンは俺にあんな事シたんでしょう?
いつもビビってばかりの俺がウザくなったから?
でもそれならなんで何度も俺にキスなんてしたんですか?
俺が愛されてるって錯覚するぐらい優しく俺に触れたんですか?
まったく少しも俺に興味ありませんか?
やっぱり男じゃ友達以上になれませんか?
浜野クンはただの友達にああいう事して平気なんですか?
ねえ、浜野クンはどんな気持ちで俺にあんな事したの!?

ぐるぐる、ぐるぐる。
俺の質問は答えが得られないまま、巡り巡ってまた最初に戻っていく。
こんな風に悩んだって結局は浜野クンに訊ねる事さえ出来ないんだから無駄なのに。
それに……。
それに、きっと、…答えは出てる。
そうじゃなきゃいくら俺だって声だけであんな風に泣いたりしない。
俺がその答えを認めたくなくて、こんな風に昨日既に何回も悩んだ事を反芻してるだけなんだって分かってる。


「浜野クンの馬鹿……」

じわってまた瞳に涙が浮かんでくる。

多分…、浜野クンはなんにも思ってない。
昨日の行為も、それに…、俺の事も。
だからいつもと同じように俺に接する事が出来るんだと思う。
……俺は出来ないのに。

きっといつまでもウジウジしてる俺に苛ついて、早く開放されたかっただけとか多分そんな感じ。
優しかったのは、浜野クンがノリと勢いの人だから俺に感化されただけ。
俺が浜野クンに触れられてそういう気分になってしまったのが移っただけなんだと思う。
その証拠に俺が話し出した途端に熱が冷めたみたいに呆気なく終わりにしてしまったし。
ただ面白い思いつきで俺に触れて、俺が感じてるのが楽しくてあちこち触れて、でもそれも俺がうるさい注文なんかしたからつまんなくなっちゃった、っていうだけの事なんだと思う。


ああ、まただ。
脳裏に俺を置いていく浜野クンの姿がまた思い浮かぶ。


俺は机に突っ伏した体をぎゅっと縮込ませた。
教室には少しずつ登校してきたクラスメート達が増えてきた。
朝練だってもうすぐ終わる。
そうしたら浜野クンも倉間クンも教室に戻ってくる。
早く泣き止んで、今度こそちゃんといつもどおりに挨拶しないと…!
こんな風にいつまでも泣いていたら、きっと不審に思う。
下手したら、変わってしまった俺に気づいてしまうかもしれない。
……昨日までのただの友人はどこにも居ないって気づかれてしまう。

そうしたら本当に俺は置いていかれてしまう。
気持ち悪い、って。
どっかおかしいんじゃないか、って。
あんなのふざけただけじゃんか、なんでマジんなんの?って。
俺を変な人でも見るような目で見て、それから俺に背を向けて、それで、それで……!


トンッ。
自分の考えにのめり込んでしまっていた俺は、急に背中を叩かれてヒックと小さく息を呑んだ。
は、浜野クン……?
「おっはよー、はっやみー!」って残酷な顔で笑う浜野クンが脳裏にまた悪夢のように甦ってくる。
でも蒼白な顔で恐る恐る顔を上げると、そこにいたのは倉間クンで。
倉間クンしか、そこには居なかった。


「よお、お前どうしたんだよ?」

そう言うと俺の顔を見て、倉間クンは普段からよく寄ってる眉間に今日も皺を作った。


「なんだズル休みじゃなさそうだな。顔色悪ぃーぞ」

なんだかんだで面倒見のいい倉間クンは、俺の事をすぐ心配してくれる。
それなのに俺は姿の見えない浜野クンの事で頭がいっぱいだった。
いつもは朝練が終わったら三人で一緒に教室に来るのに、浜野クンは?
なんで今日に限って……?
不安がまたぐぐっと競りあがってくる。


「あの…、浜野クンは一緒じゃないんですか…?」

「ああ、浜野?ボケーッとしてたから置いてきた」

俺の不安は底なし沼に似ている。
一度はまり込んだら簡単には抜け出せない。
そうして悪いほうへ悪いほうへと、どんどん深みに嵌ってくんだ。
倉間クンは俺の体調の方が大事だと言わんばかりの何気なさでそう口にしたというのに、俺の思考回路は悪い方にしか巡っていかない。


「何に夢中になってるか知んねーけど、どうせ浜野の事だからチャイムが鳴ったら慌てて教室に来んだろ」

心配するだけ無駄無駄、って倉間クンはやる気無さそうに手の平をひらひらさせた。


「そうだと、いいんですけど……」

そうやって返事をしたものの、どうしても俺の脳裏は浜野クンの後姿がぐるぐると回って駄目だった。
どうしても俺を避ける為に教室に来ないんじゃないかって思ってしまう。
あんな風に泣いたから…?
普段と同じように接する事が出来ない俺なんて、もういらないですか…?


「お、チャイム」

倉間クンの呟きで、俺の心拍数は一気に跳ね上がる。
倉間クンの嘘吐き……!
チャイムが鳴っても来やしないじゃないですか!
どんなに安請負した倉間クンに責任転嫁しても、浜野クンは教室に来ない。
先生がきてHRを始めても、浜野クンは来なくて。


……結局、浜野クンは一限目の授業が終わっても教室に顔を出す事は無かった。
それは教科書をたった数ページ習うだけの時間に過ぎないかもしれないけど、俺にとっては途轍もなく長い時間で。

・・・俺が底なし沼の深淵を覗くには充分な時間だった。


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