SIDE浜野4



――へいじょーしん、へいじょーしん。

俯き加減で揺れる赤茶色のビッグツインテールが遠くに見えた時から、何度も何度も呪文のようにその言葉を心の中で唱えてる。
すっげー遠くに居た速水を見つけたっていうのに、今はもう速水まで10メートルもない。
あー……、俺のこのめっちゃ重い足取りよりも速水の歩くスピードの方が遅いって、やっぱアレだよなぁ……。
――……俺に会いたくないから?

ぐっ、自分で導き出した答えにダメージ受けてどうすんだ、俺。
ちゅーか、そんなん昨日あんな事しでかした時点で分かりきってた事じゃんか。
だから「へいじょーしん」なんだろ!


平常心でいつも通り挨拶っちゅーのは、昨日とうとう取り返しのつかない大失敗をやらかした俺の一縷の希望ってとこ。
気の弱い速水なら、俺がいつも通りに接すれば雰囲気に流されて昨日の事も無かった事にしてくれるんじゃね?っていうズルい打算を元にした俺の作戦だった。

我慢の限界で襲ったはいいものの、拒絶されて変にヘタレて馬鹿な言い訳した挙句、ここぞとばかりにセクハラ紛いの事してウザがられるという最悪のコンボをかましても、それでもまだ速水の傍に居たい。
そう思ってしまう俺はマジで死んだほうがいいと思う。
知的でクールな俺は
「お前の存在は速水の為にならない。
これ以上速水を追い詰める前にこれを機に少し距離を置いて頭を冷やすべきだ。
一歩間違えれば強姦してしまう危険性だってあった。アレだけで済んで良かったと思うべきだろう」
ってアドバイスしてきてるっちゅーのに、如何せん俺の中に知的でクールな要素が少なすぎた。
そんな賢くて理性的な俺は、俺の中にミジンコサイズでしか存在してなかった。
見つけるのに虫メガネどころか顕微鏡が必要な小ささだ。
それよりも底抜けのバカな俺が
「ああ゛ーー!感じてる速水、ちょおちょお可愛かったーー!!
あんな速水、ぜってー他の奴に見せたくねーーー!!俺だけのものにして、ずーっと俺だけ見てりゃあいいのにィィーー!!」
って欲望のままにでっかい声で騒ぎまくるから、クールで格好いい俺の理性溢れる主張なんてかき消してしまう。
はっきり言って、初めて見た速水の痴態は簡単に諦められるような生易しいもんじゃない。
俺のチンケな妄想が裸足で逃げ出すぐらい、本物の速水は破壊力抜群だった。
諦めるのが一番いいって分かっていても、あんな速水を見てしまったら諦めるなんて到底出来ない。
それどころか誰にも渡したくないと、この期に及んで嫉妬心と独占欲がメラメラと湧き上がっちゃってる。


だから、へいじょーしんだ!!
俺は最後にもう一回、自分に言い聞かせる。
もう目の前に、いつも以上に暗ぁーいオーラを纏った速水の背中がある。
どうしてもそんな速水見ちゃうと凹むけど、それでもやっぱり速水を諦めるなんて出来そうにない。
俺はいつも通り肩を叩こうと手を上げて、でも緊張で汗ばんだ手の平に気づいてゴシゴシと制服のズボンで手を拭いた。


「おっはよー、はっやみー!」

気を取り直して再度俺が肩に手を置くと、速水の身体がギクリと強張る。
……馬鹿ッ、しっかりしろッ!!速水が一瞬強張るのはいつもの事だろ!?
速水の反応にあっけなく平常心が吹き飛びそうになった俺は、自分を叱咤激励して口の端に力を込める。
ここで振り返った速水に笑顔を見せなきゃ、速水は簡単に俺から離れてく。
怖がりな速水を笑顔で安心させなきゃ、あんな事した俺の隣になんて居続けてくれっこないだろ!!


って、思ったんだけどなー……。


「は、浜野く……ッ!」

速水は俺の名前を呟くと、ウッって息を詰まらせて俺から顔を背けた。


「あ…っ、すみっ、すみませ……ッ。
なんでも……、なんでも無いんです……ッ」

そう言いながら俺から隠すように手で顔を何回も拭ってる様は、どう見ても泣いてるようにしか見えない。


「すみません……!気に…、気にしないで、下さい……。
ほんと、に!本当になんでも、無いんですから……!」

俺は速水が謝りながら一生懸命涙を拭う姿に、俺は顔に笑顔を張り付かせたまま呆然としてしまった。
だってどんな顔したらいいんだよ?
速水は俺が傍に居るだけで涙が止まんないんだぞ。
底抜けにバカな俺だって、それがどんな意味かぐらい分かるってもんだ。
……ズルい打算なんて、一瞬で吹き飛んだ。


「本当に…!なんでもないんですよぉ……ッ!」

何度拭っても止まらない涙に、速水は焦れたように呟き動きを止めた。


「すみませ……ッ!」

そして謝罪の言葉と共に、速水はダッと駆け出した。
走り去る後ろ姿は、俯いて歩いてたさっきまでとは段違いに速い。
俺はそれをただ見送る事しか出来なかった。

――ほん…っと、馬鹿だなぁ俺……。
折角笑顔を作っても、速水は一瞬たりとも俺に振り返る事なんて無かった。


 

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