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自分の降りる駅に着くと、ドアが開いた瞬間に手を引かれる。

「えっ!?」

思わず声が出るが、手を引く人物は止まらない。
自分も人の波に押されて、止まることが出来ない。
しかも、その人の波は自分の手を引いている人物の姿を簡単に隠してしまう。


――だ、誰!?さっきの痴漢…?

そう思うと速水の心は複雑に高鳴る。

この浅黒い手しか見えない男は、自分に何をするつもりなんだろうか。
手を引いてどこへ連れていくつもりなんだろうか。

・・・さっきの続き、してくれるんですかね…?

ずくりと黒いゴムが熱を孕んだ欲望に食い込んで、速水を正気に戻そうとする。
それでも昂ぶった体はもう、開放を求めて暴走している。
がんがん警告を告げる速水の理性は随分小さく遠くなっている。


手を引く男はどんどんと人の流れとは別の方向へ誘う。
人気の無いところ・・・その響きだけで速水の手が汗ばむ。
そしてどんどんと露になっていく男の姿。

それは自分もよく知っている制服を着ていて…。



「倉間君!?」

思わず、すっとんきょうな声が出る。

その声にやっと自分を引っ張る手が止まる。


「なんだよ。もしかして今気付いたのか?」

苛立ちを隠すこともしない倉間の声。
不機嫌な声に慌ててしまう。


「だって倉間君の姿、全然窓に映らなかったですし…」

「あ゛!?
お前、俺が小さいのが悪いって言ってんのか!?」

「ひゃあっ、そうは言ってないですよぉ」


速水は倉間の剣幕に頭を庇うように手で覆う。
叩かれるかと思った。
でも実際は叩かれることは無かった。
叩くぐらいじゃ倉間の気持ちは収まらない。

だって今、速水はこう言ったのと同然だ。


「なあ、お前誰かも分からない野郎に触られてあんなに感じてたのか?」

短気で怒りっぽい倉間が、今は静かに訊いてくる。
それが速水には途轍もなく怖い。
竦んで答えられないでいると、倉間が重ねて訊いてくる。


「誰かも分からないのに、こんな風にのこのこ付いて来たのか?」

またも速水は答えられない。
確かに倉間の言う通りで、こんな風に痴漢に付いて行くなんて常軌を逸している。
黙りこくった速水を倉間は鋭い視線で睨みつける。


「淫乱」

ぐさりと言葉が胸に突き刺さる。


「気持ちよければ相手は誰でもいいのか、この変態!?
お前はどれだけ淫乱なんだよ!?」


倉間の冷たい視線が痛い。
でも速水は何も反論出来ない。
尤もな倉間の言葉に涙がせり上がってきて俯いてしまう。


――こんなに怒るなんて、もうおしまいだぁ…。

自分でも先程の欲に支配された自分の行動が嫌になる。
俯いてうっうっと小さく嗚咽を洩らしていると、急にぐいっと肩に掛けている鞄を引っ張られる。
自然と上がる顔。


そこにいたのは未だ不機嫌そうな倉間。
でも自分の鞄を引っ張ったのは確かに倉間だった。


「…だから俺がお前を躾けてやる。
淫乱なお前がもう知らない奴に付いて行かないようにな」

「え?」

きょとんとして速水が眼鏡をくいっと上げると、途端に倉間はぷいっとそっぽを向いてしまう。


「お前を俺以外の奴で感じないようにさせるって言ってんだ!
すぐ俺の手だって分かるようにな!」

そう言うと怒ったようにぐいっと更に鞄を引っ張る。
速水の体が傾いて、また眼鏡がずれる。


「さっさと来い!」

「え?え?どこに!?」

慌てて体勢を整えてもぐいぐい倉間が引っ張ってすぐ倒れそうになる。


「部室に決まってるだろ。
今日は部活が無いから体力無視でとことんヤってやる。
淫乱なお前でも満足できるくらいな!」

倒れそうな速水など無視して倉間が足早に歩き出す。
だが、その隠れていない半分の顔は、愉悦で口が弧を描いていた。


その日、誰もいないはずの部室から、子猫が鳴くような掠れた声が一日中聞こえてきたのは言うまでも無い。



 END

  

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