SIDE速水2



抱き締められた…。
それは別に怖いとも思わなかったし、よろけた俺を受け止めてくれる浜野クンは確かに浜野クンらしかった。
でも、でも…。

さっきからずっと…、浜野クンは怖い顔をしている。


やっぱり俺が甘えすぎたから?
だから浜野クンは苛々してるんでしょうか。

さっき、俺が不安を吐露したら浜野クンはいつもみたいに笑ってくれた。
嫌な顔一つせず家まで送ってくれたのが嬉しくて、
「なにがあっても速水と一緒」そう言ってくれたその言葉が嬉しくて、
俺はつい甘えすぎてしまった。
浜野クンが本当は俺にうんざりしている事を忘れちゃいけなかったのに。
一人にしないで、なんていつまでも浜野クンの事を拘束するようなウザい発言しちゃいけなかったんだ。


さっきから掴まれた手が痛い。
俺を睨んだまま、苛立ったように鍵を開けるその様子も、
体がよろめくぐらい乱暴に引っ張られたのも、全部がいつもの浜野クンと違ってって怖い。

もう、隠すのも面倒なくらい俺の事、嫌いになっちゃったんでしょうか…?
今からでも一人で大丈夫って伝えれば、これ以上嫌いにならないでいてくれるでしょうか…?


そう思ったら居ても経ってもいられなくなって、俺は体を揺すった。
一人で大丈夫なんてそんな事ある訳ないけど、浜野クンに嫌われる事と比べたら全然平気だ。
一日くらい寝れない日が増えたって、明日浜野クンが笑って傍に居てくれるならそれでいい。

少しでも早くそう伝えたくて、俺は浜野クンの体を両手で押した。
ぎゅって痛いくらいだったのに、呆気ない程簡単に浜野クンの体が遠のいていく。
なんだやっぱりさっきまでのは俺を痛がらせようとしてただけなんだ。

きゅうっと吐き気みたいな不安が胸いっぱいに広がっていく。


「浜野クン!もお大丈夫ですかラぁ。
一人で平気なんで、アりがとぉございマした」

たったそれだけを口にしただけなのに、何回も声が裏返る。
どうしよう?こんなすぐ嘘と分かるような言い方じゃまたウザいって思われちゃうかも…。
浜野クンがどんな顔をしているか見るのが怖くて顔が上げられない。
だから急に手を握られて、びっくりして体が跳ねた。


「速水、震えてる。
ねえ、俺が怖い?」

浜野クンが俺の手を握ったまま、笑って首を傾げる。
浜野クンの大きな口元は弧を描くように端が上を向いている。
でも目が。

目が昏く濁ってて、力が無い。

――怖い。

「コ、怖くなんかナイでス!」

俺は慌てて首を振る。
ああ、また声が何回も裏返った。
こんなんじゃまたすぐ嘘だってバレてしまう。

「はは、嘘ばっか!
怖くて怖くて、しょうがないって顔してんのになんでそんな嘘吐くの?」

なんて答えていいか分からなくて、俺は何も言えずに首だけを何回も振る。
浜野クンの光を無くした目から視線が離せない。
瞳だけがなんだか借り物みたいに浮いてみえる。

――怖くて、怖くて叫びそうになる。


「ね、ね!
俺、怖くなくなるイイ方法知ってんだ!
今から一緒に試してみよっか?」

俺の返事よりも先に浜野クンが靴を脱いで家へと上がる。
いつもと変わらない明るい声。
ぐいってまた引っ張られる。
俺はまだ靴を履いたままだというのにお構いなしだ。

――なんで?俺もう大丈夫って、怖くないって言ったのに。


浜野クンは俺の手を引いてどんどん階段を上っていく。
目指してるのは多分、俺の部屋。
何回もうちに来た事のある浜野クンは当然俺の部屋を知っている。
いつだって浜野クンは自分の家のように寛いで気ままに振舞っていた。
でもこんな風に力ずくで引きずり回すような真似はした事がない。

――どうして浜野クンは怒ったままなんでしょうか?俺はもう完全に浜野クンに嫌われちゃったんでしょうか?


部屋に着くと乱暴に俺を部屋へと引き摺り込むと、浜野クンはパタンとドアを後ろ手で閉めた。
にーっと口元だけで笑う。


「ねえねえ、速水はさ!一人でシた事ある?」

「え…?」

一瞬、何の事を言われてるのか分からなかった。
俺の頭がぐるぐるとロデオマシーンみたいに歪な回転をしている間に浜野クンがまた俺の手を掴む。

「オナニーってさ、シてる間はえっちぃ事しか考えらんないよね。
だからさー、怖いとか考えてらんなくなるって!」

え?え?

少し早口な浜野クンの言葉も、ぐいぐいと引っ張られて縺れる脚も、俺の頭が正常に働くのを邪魔してる。

「今は速水も怖くてオナる気分じゃないでしょ?
だから俺が代わりにシてあげるよ!
俺がさー、速水に触って気持ちくさせんの。
そしたら速水はえっちぃ事しか考えられなくなって、怖いの忘れちゃうっしょ?」

浜野クンがベッドに座って、俺の手を思いっきり引く。
また、俺はよろめいて浜野クンに抱き止められた。

…ふんわりと。


俺がよろめいたのも、俺が浜野クンに倒れこんだのも全部浜野クンの乱暴な態度のせいだというのに、
俺を受け止める手は泣きたくなる程優しかった。

明るいしゃべり方。
乱暴な手。
昏い瞳。

浜野クンが何を思っているのかなんてさっぱり分からない。
浜野クンの真意がそのどこにあるのかなんて分からない。
さっきからいつもと態度が違いすぎる浜野クンが怖くて堪らない。

でも…。


「ほらほら早く脱いでよ。
気持ちくなって、怖いのぜーんぶ忘れちゃお?」

浜野クンが間近で笑う。
怖くて怖くて胸が破裂しそう。
いつもと違う浜野クンも、浜野クンの異常な提案も、これからの浜野クンとの関係も、
なにもかもがどうなるか分からなくて怖くて堪らない。
もしかしたらこんな異常な提案は、俺を嫌う浜野クンの嫌がらせかもしれない。
もしかしたら怖がりで考えすぎる俺を心の底からウザく感じて、少しでもどうにかしたくてこんな事言い出したのかもしれない。

でも…。

でも、さっき俺を受け止めてくれた優しい手で、浜野クンに触れられたら全部怖くなくなる気がした。
触れられたいって、思った。


俺は抱き締められていた浜野クンの腕の中から起き上がる。
またも、意外な程あっさりと解ける浜野クンの腕。
だらりと浜野クンの手がベッドに垂れ下がる。

あの手に、これから…。

浜野クンの日に焼けた腕を見ただけで、ずくりと胸が疼く。
ずくずくと疼く辺りに手をやれば、かちりと制服のボタンに当たる。

浜野クンの言う事は正しい。
まだ浜野クンに触れられてさえいないのに、俺はもうえっちな事しか考えられない。

…浜野クンに触れられることで頭がいっぱいだ。


なんだかボタンがいつもより固く感じる。
制服を脱ぐのにいつもより時間がやけに掛かる。
俺はなんとかボタンを全部外し終わると、浜野クンを見つめた。
びっくりした顔の浜野クン。

…どうしよう、やっぱり冗談だったんでしょうか?
でも、もう止まれない。


――浜野クンに嫌われてしまった事も、こんなことをしてもっと嫌われてしまうかもしれない事も、どうでも良かった。
ただ、あの手で触れて欲しかった。


「俺に触って下さい…。
…お願い、全部忘れさせて」


――ただ、浜野クンを感じたかった。



 

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