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「・・・」

天城さんは牛舎の窓から空を見上げます。
浜野クンの種付け予告からもう三日が経とうとしています。
今週末にはお見合いが予定されていて、下手するとその場で…という事もありえるのです。
そう思うと天城さんは夜もよく眠れません。

思い出すのは幼馴染の顔。
一緒の牧場で生まれ育ち、雌の天城さんだけがこの牧場に貰われてくるまで一緒だった幼馴染の事です。

天城さんだけが浜野ファームに貰われていくと決まった日から、急によそよそしくなった幼馴染。
それまでは兄弟のように仲が良かったのに、別れの時にさえ姿を見せなかった幼馴染。

天城さんは浜野クンにそろそろ種付けをすると言われた瞬間、その幼馴染の顔が頭に浮かんだのでした。


眠れなくなる程、頭を占める幼馴染の姿に天城さんははぁーっと溜息を吐いて、また夜空を見上げます。


「真帆路…」

「…なんだ?」

思わず口を吐いた幼馴染の名前に、すぐ背後で返事が返ってきて天城さんはびくぅーっとなります。

「ドわぁっ!…もがもが」

「…シッ。静かに。皆が起きるだろ」

真帆路さんは大きな天城さんをそれでも余裕で背後から口を押さえます。
天城さんはそんな風に自分を抱きしめる事が出来るような相手が今まで居なかったせいか、すごくドキドキしてしまいます。
自分の記憶よりも逞しく成長した真帆路さんの筋肉質な腕が目に入るだけでなんだか体が火照ります。


「な、なんでこんなところに居るんだド?」

天城さんが怒ったように言います。
でもその頬は真っ赤です。
よく知っているはずなのに、見知らぬ成長を遂げた男。
自分を嫌っているはずなのに、何故かここに居る男。
天城さんは訳が分かりません。


「夜這いに来た」

返ってきた答えに、天城さんは更に頭がこんがらがってしまいます。


「え?え?なんでだ、…ドォッ!?」

懸命に理由を聞こうとしているのに、途中で首筋に生暖かいものを感じて体が跳ねます。
慌てて振り返ると、天城さんの首筋には真帆路さんの顔があります。
真帆路さんは天城さんの視線に気がつくと、普段表情の乏しい顔にニヤリと笑みを浮かべます。


「夜這いといったら目的は一つ。
お前を抱く為だ」

天城さんより身長の低い真帆路さんは、天城さんを妖しく見つめたまま見せ付けるように首筋を下から上へと舐めあげます。
甘い刺激にくぅっと天城さんが背を震わせます。
そして天城さんを背後から羽交い絞めにしたまま、顔を少し上にあげ天城さんの耳元で囁きます。


「お前が誰かのものになる前に、俺がお前に種付けしてやる」

耳に感じる熱い吐息と、情熱的な囁き。
そのどちらもが天城さんにとっては初めての経験でした。
力が全身から抜けてしまいそうです。


「お、俺の事、嫌いになったんじゃなかったド?」

天城さんは懸命にしゃがみこんでしまいそうな脚に力を込めます。
冷たくされ打ちひしがれた思い出が簡単に流されてしまいそうになる躯を押し留めていました。

その言葉に真帆路さんもぴくりと眉を寄せます。
でも天城さんのホルスタイン柄のツナギを脱がす手は止まりません。


「自信が無かった」

「ド?ド?ド!?」

どんどん肌を露出していく手と、耳元の甘い囁き。
天城さんはどちらも気になって集中できません。
ただ上ずった声をあげ、なすがままです。


「お前を離してやる自信が無かった。
あのまま傍に居たら、お前を困らせると知りつつ連れて逃げてしまってた」

ツナギがすとんと微かな音を立てて牛舎の床に落ちます。
幼馴染の腕の中で裸になっている事実に、かぁーっと天城さんの頭に血が上ります。
恥ずかしくて堪らないというのに、真帆路さんはお構いなしに天城さんの体の向きを変えてしまいます。
体の大きい天城さんを物ともしない真帆路さんの逞しさに、また胸がとくんと高鳴ります。


「でも、今度は目を背けない。
今度こそお前を俺のものにする」

目の前で見た真帆路さんの真剣な眼差しに天城さんは釘付けになってしまいます。


逞しい体に表情の乏しい顔。
見知らぬ男に変わってしまった幼馴染は、それでもよく知った瞳をしていました。
瞳だけが天城さんもよく知っている、不器用で、それでいてまっすぐで熱い真帆路さんのままでした。


「俺のものになってくれるか…?」


天城さんはそのよく知った瞳に、また体温があがるのを感じていました。
真帆路さんはずっとずっと幼い頃からそんな瞳をしていたのです。
こんな風に自分を恋うような瞳をしていたのです。


今更ながらに真帆路さんの瞳に宿っていた熱に気づいた天城さんは、
視線を避けるように俯きます。
それから頬を赤く染めたまま、小さく頷いたのでした。


 

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