第一話 食いしんぼうウサギと報われない黒猫



ここはとある田舎にある農場。
そこに一匹の兎がいました。
名前はうさつるまさ。
もこもことした毛並みと黒目がちな瞳が可愛い、逃げ足自慢の超が百個付く程の草食系です。




今日もいつものように柵の中で一人、徒然なるままに杞憂としか言い様がないような事を心配していると、急にがたっと物音がしました。
ドキドキしながら辺りを見渡すと、そっぽを向いたままの黒猫がスッと姿を現します。

ノラ猫の倉間クンです。

倉間クンはツンデレさんなので、こうやって時折うさつるまさのところに遊びに来ても素直に中に入ろうとはしません。
いっつも柵の外ででそこら辺の物にぶつかったり、何かを踏んづけたりしてわざとらしく物音を立てながら、
うさつるまさに気づいてもらうのを待っているのです。


「あっ、倉間クン!また入り口の柵を蹴ったでしょう。
もし壊れたら倉間クン、ちゃんと直してくれるんですかぁ?」

すごいスピードで倉間クンではなく入り口の柵に駆け寄ったうさつるまさに倉間クンはぽかりと頭を叩きます。

「いたぁ〜。何するんですかぁ!?」

「なんかムカついた」

そうです、うさつるまさも毎回同じように倉間クンの来訪を喜ぶよりも先に物が壊れる事を心配しているのです。
うさつるまさはネガティブな割りに失言癖があったのでした。


「倉間クン、今日は何しに来たんですかぁ?」

うさつるまさが殴られた頭を擦りながら訊ねると、倉間クンは小さく舌打ちをします。
そして隠し持っていたものを柵の中に投げ入れました。

「……やる」

ぽとりとうさつるまさの前に落ちたもの。
それはうさつるまさの大好物人参でした。
うさつるまさは目をハートにして人参を拾います。

「えっ、くれるんですか?」

「……ああ、店の裏に売れ残りが捨ててあったんだ。でも俺はそんなもん食わないから」

うさつるまさが喜んでくれたのが嬉しいくせに倉間クンはツンデレ特性で言い訳を始めます。
本当はくず野菜の山からうさつるまさの為に人参を探してきたっていうのに素直じゃないですね。


「じゃ、いただきまーす」

うさつるまさは早速貰った人参にあーんと口を開きます。
でも、それは人参に噛り付く事なく閉じられてしまいます。

「なんだよ、食わないのかよ?」

急に人参を見つめしょんぼりしてしまったうさつるまさに倉間クンが問いかけます。
するとうさつるまさは涙を浮かべた顔を倉間クンに向けます。
う、泣き顔も可愛いと倉間クンが内心思ったのはお約束の展開です。


「俺、貰えません…」

うさつるまさはぐいっと人参を倉間クンに返します。

「えっ、なんでだよ。お前人参好きじゃん。
やるって言うんだから食えばいいだろ」

「いらないったらいらないんです!」

「そんな涎垂らしてるヤツから食いもん奪えるかよ。
って、よだ、涎ぇええ?
えっ、それ涎?その口の幅と同じ広さで口から溢れてるものは涎かよ!?
おまっ、本当は兎じゃなくて牛だろ!?
兎のふりした牛なんだろ!?
というか、寧ろスミマセンデシタァ!
一本しか持ってこなくてほんっとスンマセン!
そんなほっそい人参一本でお前の胃が膨れるとか過小評価してスンマセンっしたぁあ!」


うさつるまさと倉間クンは柵を挟んで人参を押し付けあいます。
本当は食べたいうさつるまさよりも倉間クンが若干リードしています。

「受け取れって!」

ぐいっと強く倉間クンが押し付けた途端、うさつるまさは大きな声で言いました。

「駄目ーっ!ご主人様に怒られちゃうーっ!!」


そこへ暢気な声が響きます。


「おーい、つるうさー!!」

「あっ、ご主人様ぁ!」

この農場の持ち主、雷門中で一番長靴の似合う男(管理人の独断)浜野海士クンです。
愛車のトラクターを駆り、二匹に向かって大きく手を振ります。




 

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