7



その次の週、練習が終わって荷物を置いているベンチに腰かけ、並んでタオルで汗を拭う。
ここまではいつもの光景。
そしていつもだったら、この後連れ立ってコンビニに向かうことになっていた。
・・・そう、いつもどおりなら。


「はーんだ(はーと」

でも、今日は違った。
汗を拭いた一之瀬が語尾にハートマーク付きで俺の名前を呼ぶ。

「なっ、何かなぁ!?」
俺はぎくりとしたのを隠して、何気なさを装って聞き返す。
まあ、自分でも全然何気なく無かったって気付いてるけど…。

「例のお礼、しよっか」
にこにこと例の爽やか腹黒笑顔を浮かべて一之瀬が言う。
はっきり言って、俺この顔めっちゃ苦手。

「今日はいいよ!俺この前、小遣い貰ったし。
だから普通にコンビニ行こうぜ」
俺は急いで立ち上がる。
ぐずぐずして、自分の隣の理解出来ない思考回路の持ち主にまた変なことされたら堪らない。

「いいって!
俺はこっちの方が嬉しいし」
一之瀬も立ち上がって、俺の肩を押さえて言う。

ひぃぃ、やっぱり一之瀬の思考回路って謎だ。
なんでジュースより俺とのチュウのが嬉しいんだよ!?

「半田」
しかもなんで甘い雰囲気なんて出すんだよぉぉ。

そんな声で、名前呼ばれたりしたら、
・・・逃げられないだろ。

一之瀬は軽く肩に手を置いているだけなのに、
俺は逃げることも出来ずただ顔を俯かせることしか出来ない。


本当に、本当に俺は逃げ出したくって堪らない。
このままここに居たら、…一之瀬とキスしてしまったら俺は何かが駄目になってしまう気がする。
見えない何かの向こう側に入ってしまう気がする。
何かって何だって聞かれても、俺にも分からない。
ただ堪らなく怖いんだ。

でも、足が一歩も動かない。
動けないまま地面に映る一之瀬の影が少しずつ大きくなってくる。
俺に近づいているんだ…。

俺の影の一部と一之瀬の影が重なる。
俺はその瞬間が怖くてもうそれ以上見ていられなくなって目を瞑る。


でも、いつまでたってもその瞬間がやってこない。
俺は恐る恐る少しずつ目を開ける。
目に入ってきたのはニヤニヤした一之瀬の顔。
いつもの笑顔から爽やかさを引いた、ただの性格悪そうなだけの笑顔で俺のことをニヤニヤして見ている一之瀬の顔だった。

「ぶーっ、くっくっく。
半田のその顔、やっぱり最高だよ。
この前も言ったよね?
顔見るだけで十分お礼になるってさ」

やられた!

もう嫌だ、コイツ。
俺がビビッってる顔見て楽しんでたなんて、本当最悪。

「馬鹿!」
俺は思いっきり一之瀬を叩く。

「馬鹿、馬鹿、馬鹿!」
俺は何回も何回も一之瀬を叩く。
痛っ、痛って一之瀬が言ってるけど許してなんかやんない。

「ちょっ、ごめん!ごめんってば!」
一之瀬がやっと謝ってきたから、少しだけ殴る手を止める。
謝罪の言葉ぐらい受け付けてやってもいい。
でも、謝罪の言葉を言うような愁傷な心は一之瀬は持ち合わせていないらしい。
一之瀬の口から出てきたのは謝罪の言葉なんかじゃ無かった。


「もー、半田ってばそんなに怒るぐらい俺とチュウしたかったのか。
それならそうと言ってくれれば良かったのに」

「・・・」

もうね、開いた口が塞がらないってこの事だと思う。
俺は一之瀬の言い草に唖然としたね。
馬鹿馬鹿しくって。

かぱっと口を開けて呆けた俺の、その一瞬の隙を一之瀬は見逃さなかった。
素早くちゅっと頬にこの前と同じような感触を残して、一之瀬がほざく。


「俺もしたかったから一緒だね」

「…ッ!!」


俺はその日もやっぱり笑って逃げる一之瀬を追い掛け回した。
ぽかぽか殴られながらも、
「お礼なんだから次は半田からしてよ」
って言いながら楽しそうに笑う一之瀬を、この日もいつまで経っても真っ赤なままの顔で叩き続けた。


 

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