漁夫の利



「半田、こっちだ」

「半田ー!こっち、こっちー!!」


……また、か。

俺は部活中だというのに、深くふか〜い溜息を吐く。
ボールを持ってる俺の前には、
右前に鬼道、そして左前には一之瀬が駆け上がって同じように俺に向かって手をあげている。
試合中だったらいざ知らず敵役の居ない練習中に、司令塔の鬼道にパスすべきなのか、ボランチ的存在でキープ力に優れた一之瀬にパスすべきなのか普通に判断に迷う。
というか、ただのパス練なのになんで二人もパス相手として駆け上がるんだ?
いつからこの練習は「パスの練習」から「咄嗟の判断でパスする練習」になったんだ?
普通におかしい。
ほら、宍戸も少林も困った顔で俺を見てくる。


「なあ!パスの練習なんだから、一人ずつやろうよ。
ほら早く一人戻ってこいってー!」

俺が手招きしても戻ってきやしない。
それどころか早くパスをしろと催促してくる始末だ。

「じゃあ、一之瀬が戻ればいいだろう。
半田、頼りになるのは俺だろう?早くパスだ」

「鬼道、邪魔だから早く退いてよ。
半田ー、俺の方がテクあるよ!早くパスー!」

……。
もうやだ。誰かアイツらどうにかしてくれ。


「ふざけるな、テクも俺の方が上だ」

「冗談!テクとついでに持続力も俺の方が上に決まってる」

「はは、笑える冗談だな。テクも持続力も、それからパワーもサイズも俺が勝っているのは誰しもが認めるところだ」

「わーお☆I'ts a Japanese joke!
そうだな鬼道が俺より勝ってるところはそれこそ早さぐらいじゃないかな?」

どちらも譲らないどころかアイツらグラウンドの真ん中で二人してお互いを小さな声で罵りあってるみたいだ。
相変わらず俺に向かって手を振り続けていて、視線を合わせずに罵ってるのがなんだか怖い。
話してる内容がところどころにしか聞こえないのが不幸中の幸いだ。


「ねえねえ、二人はああ言ってるけど、半田はどっちが巧いと思う?」

マックスが半分笑って話しかけてくる。
はぁー…っ、絶対コイツは面白がっててアイツらを止める気なんて全く無いに違いない。

「あの…、これじゃあ全然練習出来ないんですけど…」

宍戸と少林も業を煮やして俺に言ってくるし。
はぁー…っ、もういいや。
なんだか面倒臭くなってきた。


「あー…、パス練もういいや。
そうだ!まだMFのポジション決めてなかったよな。
練習前に決めておこーぜ」

俺は宍戸と少林の肩を組む。
もういい。
あの二人はレベルの高い者同士、二人で練習すればいいんだ。

そう思ってグラウンド脇のマネがいつも座ってるベンチに向かったのに、なんでだか知らないけど俺達無視で罵り合ってたはずの一之瀬と鬼道も一緒になって付いてくる。
そしてまたも始まる、どっちが上かの意地の張り合い。


「だから一之瀬、マックス、俺、半田の並びがベストだと何回も言ってるだろう!?」

「ベストの意味、分かってる!?
半田、俺、鬼道、マックスの方がどう考えたっていいに決まってる!!」

はあー…っ。
もう溜息しか出てこない。
こんなんじゃMFだけいつまで経っても練習にならない。
MFは今まで鬼道が仕切ってたはずなのに、いつの間にこうなったんだ。
それにしてもどうして俺だけがこんなしなくてもいい苦労をしなきゃならないんだよ、まったく。
それなのに俺が溜息を吐いた途端、一之瀬と鬼道は俺の方に向き直る。


「「半田!!」」

二人の声が重なる。なんでだよ、こんな時だけ息ぴったりだ。

「な、なんだよ?」

「半田はどう思う?」

「どんなフォーメーションがいい?」

しかも二人ともさっきまで怒鳴りあってたとは思えない程、俺に向ける声は穏やかだ。
俺に向けられる視線もなんだか優しげで、どぎまぎする。
二人とも俺には親切なんだよな。
それなのになんで二人とも仲良くできないんだろ?
二人はライバルで、俺は競うまでもない相手、だからかな?やっぱり…。

二人の真剣な視線と、劣等感で落ち込んだ気分に俺は視線を地面に落とす。


「そうだな…」

俺は視界に入った小さな石ころを手にすると、地面に丸を11個書いた。
上から2、4、4、1個の丸。
俺達の分身の丸、フォーメーションの位置を表す丸だ。

「GKとFWは固定だろ?
でDFはCBの壁山、土門、それにSBに風丸、栗松だと思うんだ」

俺が真剣に考えながら口にすると、頭上から一之瀬と鬼道が熱心に相槌を打ってくれる。
この二人が頷いてくれると、なんだか自信が涌いてくる。
俺は少し気分が上昇して一個一個の丸をぐりぐりって丸で繋いでいく。

「そしたら属性は火、林、山、風の順になるだろ。
MFはそれに合わせるってどうかな?
だからポジションは、宍戸、一之瀬、鬼道、マックス!
これならボールキープ率の高い二人がセンターにくるし良いと思うだろ!?」

11個の丸を4つの丸で繋いだ俺は、自信満々で顔を上げる。
でもそこに居たのは微妙な顔の一之瀬と鬼道。
さっきまであんなに俺の意見に同意してくれてたのが嘘みたいに顔を顰めた二人だった。


「じゃあじゃあ、林強化バージョンは!?
栗松を影野にチェンジして、宍戸のところに少林!
ディフェンスが厚くなるから一之瀬や鬼道も攻撃にがんがん参加出来るだろ!?」

二人を取り成すみたいに意見を変えたってのに、二人の反応は芳しくない。
それどころか俺を労わるような表情で二人して俺の頭を撫でてくる。


「半田はもっと自信を持つべきだな」

「半田、日本人は謙遜を美徳と思ってるみたいだけど、世界では通用しないよ?」

……。
じゃあ今すぐこの頭を撫でてる手を退けてくれ。
こんな風に二人がかりで撫でられたら、馬鹿にされてるようにしか思えない。
しかも俺の意見は二つとも当然のように却下されてるし。

そして二人がかりで頭を撫でたまま再開される二人の言い争い。


はあああっ、なんだか凄い疲れた。

俺は思いっきり溜息を吐く。
それでも頭を撫でる手も、二人の言い争いも終わってはくれない。

今日もまた溜息だらけの練習が続いてく……。



 

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