3、Side I 1



3、Side I





『今、病院に着いた』

短いメールを送信した俺は、肩に食い込むでっかいドラムカン型のバッグの位置を直す。
どれだけ続くか分からない旅の荷物は想像以上に重く、俺の体力を削りとる。
俺はどさりとそのやけに重い荷物を肩から下ろして、病院の駐車場の片隅に腰掛ける。
さっきから握ったままのケータイはすっかり俺の手と同じ温度になってしまっている。

ハァーッ、まったく何やってるんだろう。俺。

長い旅路で疲れた体で重い荷物を持ったまま、こんな風に半田に会いにきてしまうなんて。
こんな姿、土門には見せられないな。
また変な勘繰りをされてしまう。
いや、変な勘繰りとはまだ言い切れないか。
今日、俺はそれを確かめにきたんだ。


コキコキと固まった肩を鳴らしていると、握ったままだったケータイがブルブルと震えだす。

『俺の病室のある階まで来て
来てくれたらすぐ分かるから』

「病室まで来て」じゃなくて「病室のある階まで来て」と返ってきたメール。
どことなく秘密の香りが漂っていて、胸が落ち着かない。


――半田はちゃんと秘密にしてくれている。


そう伝わってきて、少しの申し訳無さと、それを上回る程の高揚感が胸を占める。
もう一度、バッグを肩に担ぐ。
この重そうなバッグを見て半田はどう思うかな?
そんなに俺に会いたかったのかよって呆れたみたいに笑ってくれるかな?
それともドン引きするかな?

もうバッグの重さも感じていなかった。


病院のエレベーターに乗って半田の病室の階を押す。
病院のエレベーターは利用者が少ない割りに広くて、俺はでかいバッグを気にしないですんだ。
エレベーターの壁に寄りかかると、エレベーターがゆっくりと上昇しはじめる。
なんだかドキドキしてきた。
体に感じる浮遊感が半田に近づいてるって殊更実感させる。
頭の中で土門の声が蘇ってくる。


――お前これ!マジでこんなんメールしてんの!?

あの日、土門は俺が打ち途中のメールを見てそう言った。
俺が普段普通に打ってるメールを見て驚いたように。
それから、なんでそんな事を言うのかさっぱり分かってない俺に向かってこう言い放った。


「お前、半田に気があんのかよ!?」


思い出すだけで自然とハァッと息が出る。
土門の指摘は自覚のない想いに無理矢理ラベリングされたようなものだった。
半田に会いたい気持ちも、半田をもっと知りたい気持ちも、自分ではなんら不自然な想いも邪な想いも混じってない純粋なものだ。
当然、土門によって貼られたそのラベルはまだ自分では納得出来るものじゃない。
ノーマルから自分が外れてるって簡単に認められる人間なんてそうそう居ない。
少なくとも俺はそうじゃない。

でも、そのラベルを剥がして捨てる事は簡単じゃなかった。
元々そんなによく知らなかった半田という人物の別れ際の強烈な印象と、
メールのやりとりっていう間接的なコミュニケーションのせいで擬似恋愛をしてしまっている可能性だってある。

そう思うぐらいには俺にとって半田とのメールのやりとりは大切なものだった。


エレベーターの光る階数はあと一つで半田の居る階に着くと教えてくれる。
どくんどくんと胸が波打っている。
半田に会えば、自分の気持ちに答えが出るのか――。
チン。なんて、長閑な音が判決の場に着いた事を告げる。
まだ心は凪いでいないっていうのに。
それでも心は急くような気持ちになっている。

この階に半田が居る。
同じ空間に半田が居る。

居ても立ってもいられなくて、俺はドアが開ききる前に隙間にでかいバッグをねじ込むようにしてエレベーターを降りた。



バッグを抱えエレベーターを出るとすぐ、半田のメールにあった「すぐ分かる」の意味が理解できた。

「一之瀬!」

エレベーターを出てすぐのロビーが円形にソファが置かれた小さな休憩所になっていて、半田はそこに居た。
俺がエレベーターから降りると、半田はソファに座ったまま俺に片手を挙げて声を掛けてきた。
膝の上にケータイを乗せて傍らに松葉杖を立て掛けて、俺に手を振る半田は呆気ない程普通だった。
寸分の違いなく普通に友人を迎える態度として間違いようの無いものだった。

頭が真っ白になる。


「半田」

応えるように俺も手を挙げる。
ちゃんと笑えているかも分からない。

「ちょっと寒いかもしんないけど屋上行こう」

半田が立ち上がって松葉杖で俺の方へ向かってくる。
頭が真っ白で確かめようとしていた気持ちが、なんだったのか思い出せない。
半田はまだ松葉杖に慣れていないのか俺を見ないで進行方向の少し先だけを見ている。
半田が俺の隣まで来て、俺の方を向いた。

――…ああ、視線が合う。

俺は慌てて、視線をエレベーターの方へと向けた。


「上、押してよ」

「あっ、ああ」

半田に言われて漸く自分が何もしていなかった事に気づく。
半田が怪我してる事も失念していた自分が恥ずかしくて、エレベーターのボタンを押して、そのまま閉じている扉をじっと見つめる。
頭は真っ白なままなのに、頬だけが熱い。
何を言っても、ぎこちなくなりそうで何も言えない。
半田もそれきり何も言わないから、俺達はただ黙ってエレベーターが来るのを待っていた。


エレベーターが来て、乗り込む時に半田の怪我をまた思い出し俺が先に乗る。
開閉ボタンの開くを押して待つ俺の脇を半田が通り過ぎていく。

「…サンキュ」

俺の背後から聞こえた半田の声。
さっきまでと少し感じの違う声に、俺は思わず振り返る。


「…久しぶり、だよな」

俺と目が合うと、半田は俺から目を逸らして少しぶっきらぼうにそう言った。

照れて…る?

そう思った瞬間、真っ白になっていた頭に一気に血が逆流していく。
ああ、なんだ。
確かめるなんて、俺はなんて傲慢な事を考えていたんだ。
確かめなくても、こんなにも俺は勘違いしてしまっている。


半田からの友達扱いがこんなにもショックで、
たったこれだけでもしかしたら友達扱いが半田の精一杯の演技だったのかもって思ってしまってる。


どうしよう、俺、どうしようも無いほど勘違い野郎なのかもしれない。
俺と半田の間には確かに特別な何かがあるって思ってる。
あのメールの数々で俺と半田の間には親密な関係が築かれたって思ってる。
俺だけじゃなく半田も擬似恋愛してるって思いたがってる。
ああ、もう素直に認めよう。
半田も俺の事を意識してたらいいと思ってる。


……どうしよう、俺、半田の事好きだったんだ。



 

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