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そのメールは既に習慣と化した昼飯前のメールのやり取りの最後に俺がうった
『あ、もう昼飯の時間だ。
じゃあ、またな』
って何気ないメールの返事としてきた。


『やっぱり今日会いに行く』


もう返事は来ないものとして皆で昼飯を食いながらしゃべっていた時に、ベッドサイドの充電器に置きっ放しだったケータイがいつもの着信音を発した。
行儀悪いのを承知で食いながらケータイに手を伸ばす。
隣からマックスが「なになに〜、また一之瀬からラブメールぅ〜?」なんて茶化すのを「うっせぇ」って斬って捨ててケータイをチェックしたせいか、
開いたメールの文面につい本当にラブメールを貰ったような錯覚をしてしまう。

なっ!?

俺はどういう反応していいか分からないメールを貰った時にいつもするように、ケータイをそのままパタンと閉じた。
咄嗟だったからデカイ動作でケータイを閉じてしまったらしい。

「どうかしたんですか?」

向かい側の宍戸が食事の手を止めて聞いてくる。
どうしたもこうしたも、俺が事態を分かってたらこんなに動揺してないって!
宍戸は一向に悪くないってのに、そんな質問をしてくる宍戸を恨めしく思ってしまう。
っとに、簡単に答えられる質問してこいよな。

「なんでもない!
俺、ちょっとトイレな」

俺はケータイを病院服のポケットにねじ込んでそのまま席を立つ。
まだ半分程度残ってる昼飯は惜しいけど、このまま何食わぬ顔で食べ続けるなんて出来そうもない。
というよりどういう事か早く一之瀬に聞きたくてしょうがない。

俺は松葉杖で可能な限り急いで病室を出る。
なんでもない、って顔が出来ているかどうか分からないが病室の皆が俺の事を「どうしたんだ?」って顔をして見ているのはひしひしと感じた。



一之瀬といつもメールのやり取りをしている屋上に俺はまた戻ってきた。
病院はどこもかしこもケータイを使っていいか判断が難しくって、自分の病室以外だとここぐらいしか一人でゆっくりとケータイを弄れる場所が無い。
俺は屋上入り口すぐの壁に寄りかかって座ってケータイを開く。
すぐさま一之瀬に返信。


『明日、皆と一緒に来るんじゃなかったのか?』


イナズマキャラバンが今日、稲妻町に戻ってくるって事は昨日から聞いていた。
愛媛から夜通し高速をぶっ放して、多分今日の夕方に着くだろうって事も。
だから明日には久しぶりに会えるよなって、昨日も今日もメールで盛り上がった。

それなのに一之瀬は、今日会いに来るって。
なんでだよ?
今日でも明日でも、そんな変わらないだろ?
…そんなのなんか明日まで待てないって言ってるみたいに感じちゃうじゃんか。
頭の中でマックスの「ラブメール」って言葉がまたリフレインしてる。


ぱっと見は何気ないくせに、実は結構ドキドキしながら打ったそのメールに、思ったよりすぐ一之瀬からの返信は来た。

『確かめたい事もあるし』

『確かめたい事?』

でも、短くはっきりとした返事な割りに意味はさっぱり分からない。
俺はすぐまたメールを返す。


『一人じゃないと分からないかもしれないし
それに俺は皆と違ってこっちに待ってる家族も居ないしね』

返ってきた一之瀬のメールには絵文字が復活していた。
というか今までのメールに絵文字が無かった事さえ気づいてなかった。
マックスの言葉が絵文字の分だけ小さくなっていく。

そうだよな、「ラブメール」なんていつもと違うシンプルメールの雰囲気に呑まれただけだ。

俺は一之瀬の語尾に踊ってる泣き顔の絵文字を見ながら、変な誤解をした自分に苦笑する。


『なんだよ、ただ構って欲しいってだけかよ!
おk、どうせ暇してるから来いよ。
あ、勿論お見舞い持参だよな?
白い恋人と生八橋とみかんと、あとなんか奈良の有名な土産物!』

『奈良の有名なお土産ってアバウト過ぎ』

俺のメールにも一之瀬のメールにも一気に増えた絵文字の数々。
危なかった…。
誤解して変な内容のメール送らなくって良かった。
今日久しぶりに会うのに、そんなメール送ってたら気まずいもんな。
俺は安心して一之瀬に普段みたいなメールを返す。


『んじゃこっち着いたら連絡くれよ
お土産期待してるからな』

送信してケータイで時間を確認したら、まだ昼食を片付けにくる時間まで少しだけある。
俺の意識は、途中になってた昼飯に完全に移ってた。
ケータイをポケットに仕舞って、松葉杖に手を伸ばそうとしたら、ケータイから着信音が響く。
一之瀬からの了解のメールだろうと思った俺は立ち上がる事を優先させた。
少しでも早く昼食に戻りたくて松葉杖に掴まって立ってから、そのメールをチェックした。


『了解
病院に着いたら連絡するから、半田は皆に内緒でこっそり病室から出てきて
二人で会おう?』

了解って、なんにも分かってないじゃん…。

俺はまるっきり予想と異なるメールに、どんな反応していいか分からず、そんな的外れな事を考えていた。
またマックスの言葉が頭の中で木霊する。
…今度は一之瀬のメールは絵文字使ってるから、雰囲気に流されてるって言い訳も出来ない。

うわ、ヤバ。

そう思ったら、一気に今まで無かった事にしていた一之瀬のメールの数々が甦ってきて頭がパンクしそうになる。
全然、無かった事になんかなってなかった。


屋上は白いシーツが山のように干してあって、俺の視界いっぱいにひらひらと翻って纏まりそうな考えを簡単に惑わしていく。
ひらひら、ひらひら。
真っ白なシーツは風で波打って、一瞬たりともじっとしていない。
真っ白になってしまった俺の頭と一緒。

全然考えなんて纏まらなくて、俺は折角立ち上がったのに体が少しも動いてくれない。
いつもと違ってケータイを閉じる事も出来ない。


勿論、返信なんて出来る訳なくて。
すっごい時間をかけて、俺は漸く一之瀬にメールを返した。
訳分かんなくて、俺が打てたのはたった一文字だけ。
それでもたった一文字打って、病室に戻った時にはもう昼飯は跡形もなく片付けられていた。


『ん』


たった一文字のそのメール。
一之瀬にちゃんと伝わったかな?
まあ、伝わんなくてもいいか。別に。
深い意味なんて別にないし。
俺だって自分でどんなつもりで打ったかなんて分かんないし。

返ってこない一之瀬からの反応に、俺は言い訳するように心の中でそんな事を思いながら、ケータイを充電器に戻す。
半分以上昼食を食べられなかったっていうのに、胸がいっぱいで全く空腹なんて感じられない。
俺は眠くなんてないのに、かばりと頭から布団を被る。

微かに開いた布団の隙間から、俺は鳴らないケータイを眺める。


次にあのケータイが鳴る時が、一之瀬と実際に会う時なんだ。
そう思ったら、なんだか目が離せなかった。



 

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