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その日から俺と一之瀬は二人で一緒に練習をすることになった。
毎週土曜、部活の後、河川敷。
そして終わった後に、俺からのちょっとしたお礼。
それはジュースだったり、アイスだったり、肉まんだったり。
中学生の小遣いで出せる範囲の安いお礼。
でも、確実に俺の小遣いを逼迫しだした。
俺の小遣いは月三千円。
今まで通り、週一で雷雷軒行って、毎週ジャ○プ買うのは絶対無理。
二人の練習を止める気の無い俺の節約生活が始まる。
雑誌は立ち読み、
雷雷軒への誘いを三回に一回は断ることにした。
でも、ついに練習を始めてから二回目の月末に健闘虚しく、俺の財布は空になった。
「あれ、今日は半田はいらないの?」
練習の帰りに寄ったコンビニでペットボトルを選んでいた一之瀬が、俺に振り向く。
その一言に手持ち無沙汰にレジの方を見ていた俺はぎくりとしてしまう。
「ぉおお!だって、ほらえーっと、あれだ今日はあんまり暑くないだろ」
嘘だ。
今日は普通に暑いし、喉も渇いてる。
でも俺の分まで買う金が無いって言ったら、流石の一之瀬だって遠慮するに決まってる。
これは俺がしたくてしているお礼なのだから、そんなことで一之瀬に受け取って貰えないのは嫌だった。
明らかにバレバレな俺の嘘に、一之瀬がじーっと俺の方を見つめる。
その視線を避けるように俺はそっぽを向く。
漫画だったらここで口笛でも吹くところだけど、
残念ながら俺は口笛が吹けないから口を尖がらせるだけ。
何も言わない一之瀬に俺がドキドキしていると、そっぽを向いていた俺の前を一之瀬が通り過ぎる。
その手にはちゃんとペットボトルがあって、俺はほっと胸を撫で下ろす。
でも、レジで俺が金を出す前に一之瀬が支払いを済ましてしまう。
「ちょっ!一之瀬!」
俺の抗議の声にちらりと視線を寄越しただけで、スタスタとコンビニを出ていってしまう。
俺が慌ててその後に続くと、コンビニの出口から少し離れた場所で急に振り返る。
「無理してるんだったらもっと早く言って欲しかったな、俺は」
ふーっと溜息を吐いてから呆れたように一之瀬はそう言った。
「俺が半田に無理させてまで何か欲しいと思うような奴に見える?
俺だって半田と一緒で楽しいっていつも言ってるんだし、もう変に気を使うなよ」
「でもっ!」
確かに毎週毎週俺と一緒にいる一之瀬は嫌そうな素振りなんて全然無いし、
むしろどこか申し訳ないって思ってる俺より一之瀬の方が楽しそうにしていることも多い。
でも、それでも、俺は一之瀬の怒り交じりの言葉に素直に頷くことが出来なかった。
「でも一之瀬、お前いっつも練習終わった時、滅茶苦茶汗掻いてるし、すっごい疲れてるじゃん。
息とか上がってること多いし。
やっぱ俺が無理させてるんじゃないかって俺いつも思ってて…。
俺さ大した事出来ないから、これぐらいさせてくれよ」
そう、それが今まで無理してでも一之瀬にお礼がしたかった本当の理由。
初日だけじゃなく次の練習の時もその次の時も、俺よりも一之瀬の方がいつでも疲れていた。
でもそれを言ってしまったら、一之瀬が俺との練習を止めてしまう気がして今までずっと言わなかった。
…言えなかった。
言えないでいることが申し訳なくて、だからこそ余計一之瀬に何かしたかった。
現に今、俺がそう言った途端、一之瀬は俺から気まずそうに視線を逸らした。
一之瀬の反応が怖くて、俺もそれ以上何も言えない。
「…半田、こっち来て」
暫く黙っていた一之瀬が急に俺の手を引く。
何も言わないまま、道路から見えないコンビニの裏手の方まで連れていかれる。
そこは大きなゴミ箱がいくつかあって、明らかに関係者以外立ち入らないだろって場所で落ち着かない。
「一之瀬?」
俺は何の用があってこんなところにきたのか分からなくって、不安になって繋いでた手にぎゅっと力を籠める。
その瞬間、俺はぐいっと一之瀬の方へと引き寄せられた。
急な行動に俺が体勢を崩したところへ、
ちゅっ、としっとりとした柔らかな感触を頬に感じる。
ばっと一之瀬の方を向く。
にこって、腹黒さが透けて見える似非爽やか笑顔を浮かべた一之瀬と目が合う。
「なっ!」
その顔で、やっと何をされたか気付いた。
一気に顔に熱が集まってくる。
――俺、今、ほっぺにチュウされたんだ。
「一之瀬ぇ!?」
みっともないぐらい上ずった俺の声。
だってそうだろ?
こんな薄暗い、ゴミ箱ばっかの少し臭いぐらいの所で、って今は場所は関係ないか。
と、とにかく、なんでいくらほっぺとはいえ急にキスなんかしたのか意味分かんない。
「お礼。
半田はどうしてもお礼したいんでしょ?
だったら今度からこれでいいから」
でも混乱している俺に、一之瀬は何でも無いって顔でしらっと言い退ける。
お礼!?
俺とのキス(ほっぺ)がぁ!?
未だ混乱が解けない俺は、口をぱくぱくさせても何の言葉も出てこない。
こんなにも何か怒鳴りつけてやりたいって思っているのにも拘らずだ。
そんな俺を一之瀬がくすくす笑う。
「その顔が見れただけでも十分お礼になったよ。
だって半田ってばすっごい面白い顔してる」
「い、一之瀬ー!!」
混乱はその一言で一気に怒りに傾く。
俺はいくらお礼とはいえほっぺにチュウなんて変なことを仕出かした一之瀬をぽかぽか殴った。
一之瀬も笑いながら逃げるから、俺はいつまでも真っ赤な顔で追いかけた。
だから気付いたら忘れてしまっていた。
俺が異常な程疲れやすい一之瀬のことを心配していたことなんて。
そして、もしかしたらそれこそが、
ほっぺにチュウなんて事を一之瀬が急にした本当の理由かもしれないことも俺は気付けないでいた。
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