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「半田」

「ん、何?」

皆で病室を出る際に、ちょいちょいと手招きした俺に半田はにこやかな顔のまま付いてきた。
俺たちは病室の扉を閉めて、ちょうど見舞い客が面会時間を気にしてざわざわとしている通路の端にならんで立った。

人気の多い通路が気になって仕方ない。
真剣な話をしたいのに、ひっきりなしに俺達の傍を人が通り過ぎていく。
言いづらい話なのにこんなに他人が居たら余計話しづらい。


「おーい、一之瀬ー。もう時間ヤバいってー」

通路の先の方で土門が手を振っている。

「早く行った方がいいんじゃないか?土門呼んでるぞ」

呼び出したくせに何も言わない俺に半田までそう言ってくる。
でもまだ他人が居る。
おばあちゃんがすぐそこでお爺さんと話してるし、
向こうではおばさんが看護婦さんと話してる。


「一之瀬ー」

「一之瀬?」

土門の呼ぶ声と、半田の不思議そうな声。
二人の声が余計俺を焦らせる。


「俺のせいで怪我させちゃってごめん!」

「は?」

焦ったせいで色々考えて言おうとしていた事をすっとばして本音が出てしまった。
だからこんな他人が居るところで謝りたくなかったのに。
言葉と共に、ばっと頭を下げた俺は半田の顔は見えない。
でも頭上から降ってくる半田の声は、それまでの半田の声とは明らかに異質のものだった。

俺はどうやら失敗してしまったらしい。


「俺の怪我がお前のせいってどういうことだよ…?」

さっきまであんなに明るかった半田の声が強張っている。

「いや、ほら俺が西垣のとこに行ってなければ半田は…」

俺は弁解しようと顔を上げた。
でも、弁解の言葉も顔を上げる動きも途中で止まってしまった。


そこに居た半田が、あまりにも普段と違いすぎて。


「お前が居れば、俺は試合に出なくて済んだって…?
守ってやれなくてごめんってお前は言いたいのかよ…?」

「そ、そうは言ってない!!」

…嘘だった。
半田が俯いて何かに耐えるように握った手が震えているから、俺は咄嗟に否定した。
でも、そんなのは嘘でしかない。

俺は確かにそう思っているし、半田を少し前の俺とそっくりの状況に追いやってしまったことに罪悪感を感じていた。
だからどうしても謝りたかった。


「そう言ってるだろっ!?」

そんな俺のその場凌ぎの嘘なんて、半田だって簡単に見破ってしまう。
半田は俺の言葉をかき消すように怒鳴ると、ギッと俺を睨んだ。
その目は本当に俺への怒りに溢れていて、そんな半田は今まで見たことなくて。

変な話だけど、俺はそんな半田に見とれてしまった。


「俺はお前に危ぶまれる程弱かないぞっ!!
お前に守って貰おうなんか少しも思ってないっ!!
思い上がんのもいい加減にしろよっ!!」

半田が松葉杖ということも忘れて俺に掴み掛かってきても、
そのせいで半田が病院の床に崩れ落ちても。
俺はそんな半田に見とれて、動く事を忘れていた。


「ちょっと何やってるの!?」

いきなりの怒鳴り声と床に倒れた半田に看護師さんが走り寄ってきて半田を助け起こしても、
俺はまだ身動き一つ取れず半田を見つめ続けていた。
半田の射るような俺への怒りの眼差しから目が逸らせなかった。
さっきまであんなに気になった喧騒も今ではちっとも気にならない。
先ほどよりも今のほうがよっぽど騒がしいというのにも関わらず。


あのいつも明るくて誰とでも仲の良い半田が、あんな風に敵愾心をむき出しにするなんて思ってなかった。
半田にもあんな激しい負けん気があるとは思っていなかった。


明るいけど地味で大人しいと思っていた半田が看護師さんに引き摺るように連れていかれながら俺に叫ぶ。


「俺とお前がどんだけ違うんだよっ!!
お前だって宇宙人に勝てっこない!!
勝てやしねーよっ!!バカヤロオオッ!!」


 

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