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「なあ、どうする?」
薄暗いその小さな個室で半田は染岡を戸惑った顔で見上げる。
狭いせいで二人の距離はいつもより近い。
薄暗い中で染岡には半田の瞳だけがやけにきらきらと光を放っているように見える。
とくんと胸が大きな音で鼓動を刻み、慌てて目線を半田から逸らす。
「どうするつったて、…どうもしねぇ」
染岡は口をへの字にしてぼそりと言うとちゃりんちゃりんと小銭を投入する。
古い機体だからか料金も随分安い。
「でもさ!約束したの染岡じゃん」
目線を避けて言葉少なく操作を始めた染岡に、半田は焦れたようの服をひっぱる。
いきなり半田がわき腹辺りの服を引っ張るから、染岡はどきりとして半田に視線を合わせる。
どくん。
半田を見た瞬間、染岡の時は音を立てて止まる。
自分の服をちょこんと掴んでいる半田は暗い中でも頬を赤くして、
うるうると光を反射させる瞳で自分を見上げている。
そして、自分と目が合った途端、恥ずかしそうに目線をやや画面の方へと逸らした。
「俺…」
半田のつやつやの唇がまるでスローモーションのようにゆっくりと動いているように見える。
困ったような、でも少し怒ったようにも見える顔で半田は一旦唇をきゅっと結ぶ。
「平気…だよ?…キス、しても」
どくん。
もう一度胸が大きく音を立てた時、染岡の止まっていた時間が動き出す。
体全身が、熱を持ったみたいに熱い。
どくんどくんと熱い血が音を立てて全身を駆け巡っている。
『これでいーい?あと五秒しかないよぉ?』
びくり。
急にプリクラから発せられた無機質で能天気な注意を促す声。
お互い以外眼中に無かった二人はその声にびくりと体を震わせる。
ばしっと、画面を叩くように染岡は操作を再開する。
どっどっどと五月蝿い心臓を誤魔化す為に意図せず手荒になってしまった手付き。
「…普通に撮んぞ」
真っ赤で下顎がやけに突き出した顔で操作する手を止めずに染岡が呟く。
勿論照れてしまって半田の方は一切見れない。
でも、そんな染岡の態度はその手荒な手付きと相俟って、
半田には染岡が怒ってるようにしか見えない。
――俺はしてもいいって言ったのに、染岡はしたくないのかな…。
一度そう思ってしまったら、半田の心は一気に悪いほうへと傾いてしまう。
染岡は俺がキスしてもいいって言ったら急に怒り出したし、
告白の返事も「…おう」だし、
デートなのに普通の格好だし、
俺相手にめかし込む必要無いとか言うし。
――もしかして…。
そこまで考えて、慌てて悪い考えを振り払うように頭を小さく振る。
――ううん、違う!染岡は照れ屋だから。
…俺の事、友達としてしか好きじゃないなんて、そんなこと無い!
もし本当にそうなら染岡は最初からOKしない。
染岡の事をよく知っている半田は心からそう思えるのに、
一度芽吹いてしまった不安は消えてなくならない。
「…おい、もっと寄れよ。撮るってよ」
『準備はいーい?撮るよー。5、4、…』
ぶっきら棒な染岡の声と、能天気なカウント。
刻々と減る数字に心が焦る。
「…俺とは、キス、…したくない?」
どうしてもこのまま有耶無耶に出来なくて、カウントに煽られ、気付いたらそう半田は口にしていた。
「ばっ!」
カシャ。
染岡が目を剥いて半田の方を向いた瞬間、シャッター音が鳴り響く。
「チッ」
ばしっと染岡が苛立ったようにキャンセルボタンを押す。
「そうじゃなくってよ…」
がりがりと顔を俯かせて染岡が頭を掻く。
俯いてもその苛立ったように歪んだ顔が画面に映る。
「…見せたくねぇんだよ」
「え?」
「見せたくねぇって言ってんだ!」
カシャ。
染岡が怒鳴った瞬間、またシャッター音が響く。
俯いたまま動かない染岡に今度は半田がキャンセルボタンを押す。
『もうキャンセル出来ないよー。準備はいーい?』
場違いな声が鳴り響く。
また減りだすカウント。
今回カウントに煽られたのは半田ではなく染岡だった。
「お前のキス顔、俺以外のヤツには見せたくねぇ」
そう呟いた瞬間、シャッター音が鳴る。
画面に映った二人は、赤く染まった顔で動きを止めていた。
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