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実は秘かに一之瀬って自分勝手でマイペースなイメージがあったのに、
その日一緒にいた一之瀬は全然そんなこと無かった。


河川敷で俺はまず一之瀬のプレイを実際見せてくれってリクエストしてしまった。
教えてもらう前に、もう一度目の前で見たかったからなんだけど、
実際に自分が相手になってみると本当に魔術みたいに簡単にボールを奪われてしまうし、簡単に抜かれてしまう。
なんだか分からなくって何回も何回も同じプレイをお願いしてしまう。
はっきり言って自分でもしつこかったと思う。
でも一之瀬は俺が目を奪われたプレイの数々を面倒くさがらずに色々やってくれた。
それこそ、俺に教える段階まで進む前にボールが見え辛くなるぐらい沢山の時間を掛けて。


結局その日は、一之瀬に教えて貰うっていうより、一之瀬のプレイのお披露目で終わってしまう。
だから、もう今日は終わりにしようって時、
俺はほとんど見てるだけだったからそんなに汗を掻いてなかったけど、ずっと動きっぱなしだった一之瀬は汗だくだった。
夢中になっていた俺は、熱そうに汗を服で拭う一之瀬の姿を見てやっとそのことに気付いた。

「あっ!悪い、俺、夢中になっちゃって。
お前ばっかやらせて、流石に疲れただろ?」
俺は大慌てで自分のバッグからタオルを探す。

「ん〜?まあね」
苦笑まじりの一之瀬の声に申し訳無いって更に思ったけど、
取り出してみたタオルは湿ってるとかじゃないけど、ばっちり今日の部活で使用済みで一之瀬に貸すにはちょっと躊躇してしまう。

「タオル貸してくれるの?」
俺がタオル片手に貸してもいいもんか悩んでいると逆に一之瀬が訊いてくる。

「使用済みだけどな」
俺は誤魔化すように笑ってタオルを差し出す。

「ん、いーよ。ありがと」
一寸の迷いも無く俺のタオルを使った一之瀬が、ちょっと嬉しい。

俺達は今まで、同じチームメイトってだけでそんなに話す方じゃなかったのに、
たったそれだけで今日一日で随分距離が縮まったのを感じられたから。


「なあ、喉渇かない?
俺、今日のお礼にジュースぐらいなら驕っちゃうぞ」

「おー、半田ってば太っ腹」
一之瀬は俺にタオルを返しながら、嬉しそうに笑う。

うん、やっぱり昨日より、午前より、俺達なんかトモダチっぽい。

「んじゃおじさんが何でも買ってあげるから好きなの選びなさい!」

驕るって言葉に変な遠慮しないで喜ぶ一之瀬に気を良くした俺は、
早速河川敷の傍の自販機に向かう。
そう、俺は結構単純なヤツなんだ。


二人で、違う種類のスポーツドリンク買って、二人で並んで土手に座って飲んだ。
あっという間に一缶空けてしまった一之瀬に、自分の分の残りを無理やり押し付ける。
少し涼しいくらいの夜風が、気持ち良い。


「あー、やっぱ一之瀬ってサッカー上手いなぁ。
俺だって前に比べれば上手くなったんだけど、まだまだだもんなぁ。
やっぱ一之瀬すげーよ!」
俺は目を瞑って夜風を感じながら、今日間近で見れたプレイを思い出す。
それらは俺の目に焼きついていて、目を瞑れば簡単に甦ってくる。


「じゃあさ、また一緒に練習しよっか?」
一之瀬がこくりと俺のジュースを飲んでから、そう言う。

「え?」
俺は瞑っていた目を開き、一之瀬を見る。
俺の目に飛び込んできた一之瀬は、
少しだけからかう様な笑顔を浮かべていた。

「だって今日、俺教えるって言ったのに、何も教えてないだろ?
たぶん半田、今日だけじゃ全然上手くなってないよ。
だから次はちゃんと教えてあげる」

「…いい、のか?」
からかいの言葉なんて俺の耳には届かない。
都合の良い部分だけを聞こえた俺は恐る恐る確認する。

だって今日随分調子に乗った自覚あるし、
長い時間拘束した気がするし、
一之瀬だいぶ疲れているし。


でも、一之瀬は爽やかな笑顔で頷く。
腹黒なんかに見えない、心の底から爽やかな笑顔。

「いいよ。今日俺も楽しかったし」

「やったあ!」
俺は両手を空に突き上げ、そのまま後ろへと倒れこんだ。
土手に寝転んで見上げた空は、もう星が一つ二つ輝いていた。


その視界ににょきっと一之瀬が割ってはいる。
手に持っていたジュースの缶を俺に掲げて言う。

「次もお礼があると嬉しいな」

「りょーかい!」

俺のやけに弾んだ声は夜空に溶けていった。


  

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