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土手の上まで来て、やっと二人は俺に手を振る。
俺も普通に手を振り返してしまったから、
土手の上からマックスが影野の手を引いて降りてくるのを見ても、
もう頭から水を被りに行くこともできない。
平気な顔してなきゃならない。
「アレ、そんなに暑かったんだ?」
マックスがびしょ濡れの俺を見て不思議そうに言う。
・・・本当、いっつも一番訊いて欲しくないことを最初に訊く奴だよ、コイツは。
「一人で練習してたんだよ。
…影野の前で失敗できないだろ」
二人から顔を逸らして言った言葉は少し掠れていて、
泣いたせいだって分かるから余計さっきまで泣いていた顔を見られたくない。
「へへへ〜、分かってんじゃん。
頼りにしてるからね、半田」
でもマックスはそんな俺の動揺を隠し切れない態度より、
俺の口先だけの言葉に嬉しそうに笑う。
そんな風に嬉しそうに笑うから、俺はさっきまで決めてたことができなくなってしまう。
――本当はわざと失敗しようって思ってた。
技が完成しなければ、
マックスは影野に告白もしなくて、
これからも俺と二人で練習して、
ずっと俺の隣にいてくれる。
一瞬の失敗より、そっちの方がずっといいって思ってた。
でもあんなマックスの笑顔を見てしまったら、そんなこと出来ない。
確かに技が完成しないことより、マックスとずっと一緒に技の練習する方がずっといいに決まってる。
・・・でも、
そんな期限付きの、紛い物の二人きりより、
俺だけに向けた笑顔の方がずっといい。
マックスの信頼まで失うより、ずっといい。
グランドで影野に向かって手を振るマックスの隣で、
きゅっと下唇を噛む。
マックスの足元のボールをじっと見つめる。
このボールが動き出したらマックスの告白が始まるんだ。
そう思うと目線が動かせない。
「半田」
マックスが俺を呼ぶ。
「ん」
でも俺はマックスを見れなかった。
今マックスがどんな顔しているかなんて知りたくなかったし、見たくもなかった。
「失敗したら半田の奢りでダッツね」
「はっ!?」
予想外の言葉に俺は思わずマックスを見てしまう。
俺と目が合うと、マックスがにっといつもと変わらない顔で笑う。
「だってさボクは完璧なんだもん。
だから失敗したら半田のせいでしょ?
失敗のショックを癒すにはダッツ級のアイスが必要なのだよ、半田君」
変わらない顔に変わらない言葉。
変わらない、マックス。
「ばぁーか、俺だって完璧だっつーの。
絶対奢らないし、失敗だってしないに決まってんだろ」
マックスが変わってなくて、
俺も変わらないなら、
俺達は何も変わらないってことになる。
それなら、いつもと同じでいなくちゃ勿体無い。
ただ、そう思えた。
「え〜、そう?
半田って本番に弱いタイプじゃん。
プレッシャーに弱いっていうかさ」
「うっせ」
いつもみたいに軽口を叩き合えば、波立っていた心が凪いでくる。
絶対失敗しない。
俺の為にも絶対。
迷いの無くなった俺は、まっすぐゴールを見る。
「半田、失敗してもいいからね」
俺の横で、俺と同じ様に前を見たままマックスがそう呟く。
さっきまで『失敗したらダッツ奢れ』とか『プレッシャーに弱い』とか、
散々からかっていたマックスが俺の視線が逸れた途端、そう言ってくる。
ああ、もう。
俺、やっぱりコイツのこと好きなんだ。
その想いが漸く俺の中に綺麗に納まった瞬間に、
俺は走り出した。
――マックスの想いを成就させる為に。
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