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「半田先輩、最近機嫌良いですよね。
何かあったんですか?」
俺が鼻歌を歌いながらダンベルで筋トレしていると、少林が不思議そうに訊ねてくる。

「え〜、別に普通だろ?」

「いーえ、絶対機嫌良いですよ。
今だって鼻歌歌ってるし、昨日だって俺にお見舞いのプリン二つもくれたじゃないですか」

「そうかぁ?
自分じゃよく分かんないけどなぁ」
俺は筋トレの手を休めて、そう呟く。

少林は俺がご機嫌だって言い張るけど、自分ではそんな自覚はあまり無い。
鼻歌もプリンも別に普通のことだろ?
まあ、入院中でも出来る限りの努力はするって決めてからは自分でも目に見えて前向きになったけどさ。
それが少林には機嫌が良いように見えるのかな?

「それに松野先輩と二人で何やってるんですか?
いつも二人してどこかに行ってるじゃないですか」
どことなく怒った様に少林が言う。

どこかって、…あの日から俺達は二人して学校のグランドで、
無事だったボールを使って練習をしに行ってる。
とは言え、まだ怪我に影響の無さそうなリフティングの練習とかシュート練習ぐらいしかできてないけど。

それを俺はまだ誰にも言ってない。
別に深い理由は無いけど、特別に言う程のことでも無いし、
それにマックスが影野にさえ言わないのを見たら、
なんとなく俺も言いたくないなって思ってしまったんだから仕方が無い。

こうやって改まって訊かれたのは初めてで、少しだけ少林に本当のことを言おうかなって考える。
でも、絶対安静の影野や足を怪我している宍戸と違って、少林の怪我は腕だ。
性格的にも、実は内緒で練習を再開してますなんて言ったら、少林は絶対一緒にやるって言うに決まってる。
それが何となく嫌で、俺は結局何も言えない。
俺が口篭っていると、少林が責めるように言う。

「二人がすーぐ居なくなっちゃうから、影野先輩いつも寂しそうですよ」

「えっ、そうなのか?」
俺は影野が寂しそうにしてるなんて全然気付いてなかったから、びっくりして聞き返す。

「俺にはそう見えます」
少林の確信を持った言葉に、
俺は少林を無視して一番端のベッドにいる影野の方へ向かう。

「半田先輩!」
後ろで少林が喚いているけど、特訓の事は内緒だし、俺の意識はもう影野に移っていた。



「なあなあ、何やってんの?」
ベッドで文庫本を読んでいる影野に声を掛ける。
俺が声を掛けると、本を傍らに置いて俺に向かって影野がにっこりと微笑む。

「今まで読めなかった本を読んじゃおうと思って。
部活やるようになってから、読む機会が減っちゃったから」
そう言って見せてくれたのは、俺が全く読む気がおきない渋い表紙の本だった。

「今は山岡版の徳川家康読んでるんだ。
全26巻もあるから中々手が出せなかったんだけど、入院中に全部読破しようかなって」

「げー、こんなのを26冊も読むのかよ。
俺だったら絶対無理」
影野の傍らにある本は結構な厚みがあって、一冊だけでも俺には読む気になれない。

「今は他にすることも無いから」
そう言う影野は少し寂しそうで、俺は少林の言葉が嘘じゃないって漸く気付いた。

ちくんと胸が痛む。

でも俺はそれを表に出さないようにして影野のベッドに笑いながら座る。

「なあなあ、これ読むと歴史の成績上がる?
俺さぁ、徳川家康って言うと西田敏行とか津川雅彦のイメージしかないんだけど」
俺のぶっちゃけた発言に影野が笑う。
寂しい顔なんてもうしていなかった。

俺が病室にいる時はせめて影野に寂しい思いなんてさせたくなかった。
病室にいる時はいつも一緒にいようって思った。

だって俺は影野が寂しがっているって知った後でも、
今の秘密の練習を止めることができない。
二人で練習しているだけだよって言うことさえできない。

「何話してんの?」
俺達が家康トークという珍しいもので盛り上がっていると、
マックスがペットボトル片手に病室に戻ってきた。

「マックス!」
俺は、マックスの姿を見て、すぐさま走り寄る。
俺の中の罪悪感なんて、マックスの姿を見た瞬間にどこかへ行ってしまう。

「今日も午後から行こうぜ。
俺、ちょっと必殺技のアイディア思いついたから、試してみたいんだ」
俺は少しだけ声を潜めてマックスに耳打ちする。

「へ〜、どんなの?」

「シュート技なんだけど、二人で連携するやつ」
こうやってこう、
って俺が手で示すとマックスが馬鹿にした様に笑う。

「そんなんじゃ分かんないって。
半田ってほんと馬鹿」

「お前なぁ、すぐ馬鹿って言うなよな」
俺はマックスの腕に軽くパンチして、
それから二人して顔を合わせて笑った。


俺はもう後ろで影野が俺達を見て小さく溜息をついたことさえ気付けない。
俺はもう目の前のマックスのことしか見ていなかったから。

最近はずっとマックスと二人で行動することが多かったから、俺は自分でも気付いていなかった。
マックスといると楽しくて、
マックス以外のことに目がいかない自分自身に。


 

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