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「元バスケ部のボクに勝てる気でいたの?」

数々の部活の助っ人をしていたマックスはバスケ部にもいたみたいで、
勢いで挑んだ俺はあっさりとこてんぱんにされた。

「次、これ!」
悔しくって堪らない俺が、次に挑んだのはパンチングマシーン。
これなら、いくらマックスが器用でも関係ない。
これならぎりぎり勝てると目論んだ俺は、手首のストレッチを始める。
先にマックスが出した記録は、やっぱり前に俺が出したことのある数値より微妙に低い。

「ふっ、その程度かよ。俺の勝ちだな」
俺は自分の勝ちを確信して、マックスに言い放つ。

でも、そう上手くいかないのが現実だった。

「半田ー、頑張ってねー」
影野の声援が突き刺さる。

変にかっこつけた台詞を吐いたせいで、二人の視線がやけに気になる。

そして勝ちを意識しすぎてプレッシャーのかかった俺は、ヒットの瞬間力み過ぎて芯を外してしまう。
やばっと思ったとおり、出た記録は情けないもので、途端にマックスが大笑いを始める。

「ぶーっ、かっこわるぅ。
半田ってば今、プレッシャーに負けたでしょ」

「〜〜〜〜」

もうね、自分でもかっこ悪いと思うよ。
あんな台詞言ったのに自滅して負けたんだもんな。
でもでも、こんな風に笑われたら腹が立ってくるし、恥ずかしくって堪らない。

「俺、なんか飲み物買ってくる」
不貞腐れた俺は、くるりと二人から背を向ける。
戻ってくるまでにマックスの笑いが収まってることを祈って、俺は自販機へ向かって歩き出した。


ゆっくりと自販機で飲み物を買って、元の場所に戻ってみると二人の姿は既にそこに無く、
きょろきょろと辺りを見回しながら探すと、二人はUFOキャッチャーのコーナーに戻っていた。
当初の目的通り、影野が例のマスクを取っているみたいだった。
二人で並んで、思いの外真剣に景品を見ていて、後ろから近付く俺に気付かない。


俺が声を掛けようとした瞬間、
マックスが後ろから抱きしめるようにして影野の手の上から機械のボタンに触れた。


俺が声を掛けるのを躊躇した瞬間、
影野が重ねられた手を見て、耳を真っ赤にして顔をマックスから背けた。
そしてマックスも不機嫌そうに口をへの字にして、少しだけ頬を染めた。


・・・なんだよ、これ。

その二人の姿は俺の心をざわつかせた。
重なった手に顔を赤くする影野は、この前平然と俺の手を握った時とは全然違う。
気配に敏感で猫みたいなマックスは俺に気付く素振りも無い。

二人は固まった俺の目の前で、ぎこちない様子でUFOキャッチャーを始めた。

あんなに欲しがっていたのに影野は機械の方を見ようともしないで俯いている。
マックスは口がへの字のまま、何も言わないで機械の方を睨んでる。
無事景品が取れて、マックスが景品取り口にしゃがみ込むと、
影野は触れられた手を握り締めて真っ赤になって俯いている。
そして、マックスが「ん」とだけ言って景品を渡すと、何も言わずに影野がそれを受け取る。
そして景品を胸に抱いて影野が小さく「…ありがと」って呟いた。


そこには俺の入る場所は無くて、
声を掛ける隙間さえ無くて、
俺は、それを、ただ見ていた。
声も掛けず、ただ、ぼうっと眺めていた。


俺がただ馬鹿みたいにその場に立ち尽くしていると、胸に景品を大切に抱いて俯いていた影野が俺の方を見た。

その瞬間俺は、気付かれた、って思った。
何をって訳じゃない。
別に悪いことをした訳でもない。
ただ俺が全部見ていたことを気付かれたって思った。
それが、堪らなく居心地が悪かった。

「…は、半田っ」
慌てた声で俺の名前を呼ぶ。
なんで焦ってるんだろう。
そう不思議に思っても、口からは疑問の言葉は出てこない。
なんて言っていいか分からなくて言葉が一つも出てこない。

「遅かったじゃん、半田。
ボクに負けてトイレで泣いてるのかと思ったよ」
影野の声で俺に気付いたマックスが茶化すように言う。
いつもだったらムカつくその言葉も今は有難かった。
いつもと変わらない言葉と態度が途轍もなくほっとさせる。

「んな訳ないだろ!
お前らが何も言わずに移動してたから探したじゃないか!」
俺もいつもの調子で答える。


そして、俺がいつもの調子で答えた瞬間、
影野は笑った。
ほっとしたように、嬉しそうに俺を見て笑った。

「ねえ、半田。
マックス、本当は音ゲーが一番得意なんだって。
だから俺と二人掛りでマックスの得意分野でリベンジしない?」

「おー、二対一か!
いいじゃん、俺らでこてんぱんにしてやろうぜ!」

俺が普段の俺に戻ると、
影野は嬉しそうにマックスの隣から俺の隣にやってくる。
俺が負けて悔しそうにしてたから、俺にマックスに勝つチャンスを考えてくれる。
マックスよりも俺のことを優先してくれる影野は、いつも通り俺に甘い影野だった。

影野が本当に嬉しそうに笑うから、
俺はこの時の事を何も聞けないままにしてしまう。
二人の姿を見た時の堪らない疎外感が、
この時のことを深く考えることを拒否してしまう。
こんなにも答えは俺の目の前にあったのに。
俺はそれを見て見ぬ振りをしてしまった。

この時ちゃんと目を逸らさずに答えを見つけていれば、あんな思いをしなくて済んだのに。
この時なら、俺はほんの少し寂しい思いをするだけで済んだのに。
だって、何があってもこの時の俺は二人への友情を変えなかっただろうし、
二人からの友情も変わらなかっただろう。



・・・あんな違う感情を抱く前なら。


 

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