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「あーあ、行っちゃった。
…どうするお前、本当にやるの?」
俺が走るマックスの背を見ながら影野に訊ねると、影野も困ったように笑って言う。

「どうしよっか」
そう言う影野は本当に困ってるように見えた。

そういえば、コイツがマックスのお願いを断るとこ初めて見たかも。
影野の困った顔を見ながら、俺はふとそんなことに気付いた。
マックスに激甘なコイツが断った理由…瞳を見せたくない。
それはコイツにとってすごく重要なことなんだな。
すぐ隣にいる影野の、すごく厚く顔を隠している前髪を眺めながら、なんとなくそんなことを思っていた。


「なあ、お前何で目見られるの嫌なんだ?」

「え、えっと…変、だから」

俺が訊ねると、影野は自分の腕を掴んで俯いてしまう。
困ったように俺から顔を逸らしてから、小さな声で言う。

「変?」

「…うん」
俺からは俯いて顔を逸らしている影野の耳だけが見える。
その耳がすごく赤くて、少しだけ、こんな質問をしたことを後悔した。
でも、ここまで聞いたら後には引けなくて、
フォローの意味も込めて、もう一度訊ねる。

「なあ、見てもいい?」

俺は自分の目を変と言って隠し続ける影野に、「変じゃない」って言ってやりたくて、そう訊いた。
どんな変な瞳でも「変じゃない」って言いたくてそう訊いた。

「え!?」
でも、俺がそう訊くと影野は今まで聞いたこともないぐらい大きな声を出して驚いた。

「エー…、う〜…、あっ、…でも」

影野はすっごい悩みだした。
それこそ、俺がそんなこと訊いたのを謝りたくなるぐらい。
軽く一分はそうしてる影野を見て、ついに
「いや、困らせて悪かった。別に嫌ならいいよ」
って言おうとした瞬間に、影野が小さく頷いた。
俺は、その頷きで断りの言葉を慌てて飲み込む。

「…半田ならいいよ」

そんな風に影野が言うから照れてしまう。
俺は、体を影野の方に向きなおす。
顔を赤くしている影野と、緊張している俺。
なんかまるで初めてキスするカップルみたいだ。

「笑わないでね」
そう言って、影野は自分の前髪を掻き分けてくれた。


そこにあったのは、
薄い、薄い、薄紫の瞳。
ほとんど白に近い、ほのかに色づいた綺麗な瞳だった。
その瞳の色と切れ長の目は涼やかで、影野らしい落ち着いた雰囲気を醸し出していた。


「どこが変なんだ?」
俺は思わず聞き返す。
だって本当に分からない。
もっと変な目だと思ったからむしろ拍子抜けしてしまった。

「えっ、…あ、あの俺の瞳、色が薄いから。
小さい時、目が無いって苛められたし」
影野は前髪で瞳を隠して、恥ずかしそうに、困ったようにそう言う。


「変じゃないよ!」
思わず出たその言葉は、さっきまで「言ってやりたい」って思ってたから出た言葉ではなかった。
本当に影野の瞳は変なんかじゃ、なかった。

「だってお前の瞳の色、髪と同じ色だろ?
俺と同じじゃん!
俺だって同じ色だし、円堂とかもそうだし、
髪の毛と同じ色の瞳って奴、結構いるぞ。
全然変じゃないじゃん!!
ってか、むしろ普通だろ!?」

違う?俺の瞳、変?
って自分の瞳を指差して覗き込むと、びっくりしたように俺の言葉を聞いていた影野がぶんぶんと慌てて首を横に振る。

「だろ?
極普通の俺と同じなんだから、お前だって普通だよ」
俺はそう言って影野の腕を軽く叩く。

すると影野は、
ゆっくりと、
戸惑う様に、

笑った。


「半田」

影野はそう呟いて、俺の手をぎゅって握った。

突然握られたその手は、
ほっそりしてて、ひんやりしてて、
そして運動部の男子だというのに、がさついたところの無い、
しっとりとした手だった。

だからだと思う。

急だったから。

影野の手が俺の手と全然違ったから。

手を握られて、ほんの、ほんの少しだけだけど、
…ドキっとした。


「ねえ、何かやって欲しいこと無い?
俺にできること。
そうだ、英語の教科書、和訳しようか?
それとも、古文の現代語訳の方がいい?
俺、英語より古文の方が得意だし」
影野は俺の手を握ったまま、普段の影野からは信じられない程饒舌に一方的に話掛けてくる。

それは、さっきの俺の言葉がこいつにとって本当に嬉しかったんだなって感じられて、照れくさい。
握ったままの影野の大きな手も、やっぱり照れくさい。
こんな学校の昼休みに男同士で手を握り合ってるのも照れくさい。
俺は今俺を取り巻く全てが照れくさくなって、影野の手を押し返す。

「いいって、そんなの!」

「俺がやりたいんだよ。本当に何か無い?」
そう言ってもう一度俺の手を握ろうとするから、俺は大慌てで飛びのく。

「いいってば!」
俺がそう言った瞬間、背後からマックスの声が響く。

「あーっ、何やってんの!?
ボクのいない間に何でいきなり仲良くなってんの!?」

気付くとマックスが声を掛けた隙に、影野が俺の手を握っていた。
俺は大慌てで影野の手を振りほどく。
でも、影野は照れた様子もなくマックスに話しかける。

「ねえ、マックスは半田が喜びそうなこと何か知らない?」



この日俺は初めて知った。
影野は、男同士で手を握ってるところを見られるより、
あんな綺麗な瞳を見られる方が恥ずかしいっていう俺と違った感覚の持ち主ってこと。
そして、好意を持った相手には激甘だってことを。
この日以来、俺はマックス以上に影野から甘やかされることになる。
そうそれは、普通の男子中学生には恥ずかしく感じるぐらい。



 

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