9



今日は土曜日。
一之瀬に会えないまま、また土曜を迎えてしまった。


やはりというか何なのか、その日もやはり一之瀬は部活には来なかった。

もう二回も一緒に練習してないのに…。

このまま帰るしかない自分に、ひっそりと溜息をついて部室のロッカーを開ける。
着替えを取り出そうとして自分のバッグの中を覗き込む。
ロッカーの中のそのまたバッグの中は薄暗いのに仄かに光を放っている。

俺はちかちかとメールの着信を告げるケータイを取り出す。

誰からだ?

土曜の部活中にメールなんて滅多に無いから、誰からのものか見当がつかない。

俺が親からのお使いメールじゃないといいな、なんて思いながら開いたそこには、
「一之瀬」の文字があった。

どくんと心臓が音を立てる。

え、なんで?
なんで一之瀬が?

俺はディスプレイの「一之瀬」って文字を見ただけで心が駆け足になってしまう。
何も考えられず、急いでメールを開く。


「皆に内緒で裏門に来て」


本文はたったそれだけ。
それ以外には、件名も何も無い。
着信時間を見ると十二時五十二分。
たった五分前だ。

どくんとまた心臓が音を立てる。

――一之瀬が来てるのかも。

俺はすぐさまロッカーを閉める。
勢いよく閉め過ぎて、ガゴンといつもと違う音が出て、隣のロッカーの染岡がこっちを見る。
でも、そんなの構ってられない。
俺は踵を返す。

「おい、どうした?」
ケータイを見た途端、いきなり部室を出て行こうとする俺を、
染岡が心配したように声を掛けてくる。

「トイレ!」

格好悪いけど、咄嗟に出た嘘はそれだった。
俺には上手く皆に内緒にするってのは難しい。

「先帰ってていいから!」
俺はそれだけを言い残して部室から走って飛び出した。
トイレって言った手前、死ぬ程格好悪いけどそんなの今は知らない!



裏門に向かうと、遠くでも塀に寄りかかっているのが一之瀬だって分かった。
俯く一之瀬の足元には大きなバッグ。

・・・もしかして帰ってきて一番に俺に会いにきてくれた?

そうと決まった訳じゃないのに、俺の脚は勝手に走る速度が上がる。

「一之瀬ー!」
なんか呼ぶ声までいつもよりトーンが高い気がする。
知ってたけど、俺って本当単純だ。


「半田」

…単純だからかな。

俺の声に顔を上げた一之瀬が、いつもの腹黒っぽい爽やかな笑顔じゃなかったってだけで、
俺は俺の中に巣食っていた不安が一気に膨れ上がってくる。

一之瀬は俺の名前をただ呼んだ。
何の感情も込めず、俺の存在を確認したみたいに呼んだだけで、
ただ俺のことをじっと見つめた。


なんで何も言わないんだよ。
なんで空気重たいんだよ。

俺だって聞きたいこととかいっぱいある。
でも、なんか聞けない。
空気が重くて、どうしていいか分からない。
じっと見つめる一之瀬の顔に浮かぶ表情は複雑で、
なんの感情だか分からなくって俺はついに耐えられなくなって目を逸らした。


「半田、サッカーしよっか」
目を逸らした俺に、ぼそっと一之瀬が言う。
もう一度一之瀬を見ると、今度はちゃんと笑顔に見える顔した一之瀬がいた。

「いつもみたいにさ。
ね、部室からボール持ってきてよ。
俺、部室裏の小グラウンドの方で待ってるから」

いつもみたいに…?

俺はその言葉に縋るように頷いた。

このいつもと違う状況も、
いつもと違う一之瀬も、
いつもと同じようにサッカーすれば、いつもと同じに戻る気がしたから。
こんな風に思う俺は、大分円堂に毒されているのかも知れない。
でも、結局俺たちにはそれしかないんだ。


 

prev next




第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -