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「綱海さん…」

立向居にとって、綱海の突然の来訪はただ嬉しいだけのものだった。
当たり前の日常に、大好きな人が加わった。


ずっとずっと、そう離れ離れになったあの日からずっと思っていたこと。

「綱海さんが同じ学校の先輩だったら」
「綱海さんがすぐ会えるぐらい近くに住んでいたら」
「綱海さんと一緒に部活ができたら」

…そんな沢山の夢のかけらを短い間現実にしてくれたものだった。


――でも綱海さんは嬉しいだけじゃなかったんだ。


綱海と出会ったのは沖縄で、一緒の時間を過ごしたのはバスの中や、ライオコット島。
立向居は綱海の日常を多少なりとも知っているのに、綱海は今日初めて立向居の日常に触れた。


  綱海が知った「知らないっていう不安」


ぐうっと立向居の胸にも不安が降り積もる。


自分たちは普段離れ離れで、
どんなに想い合っていても、どうしてもお互いに知らない日常を送っている。

自分と会っていない時間の方が長くて、
自分以外の人と過ごす時間の方が圧倒的に多い。


・・・好きって気持ちだけじゃどうにも出来ない現実だ。


思わず俯いてしまっていた立向居ははっとして顔を上げる。
すぐ隣にいる綱海はまだ、天を向いたまま。
今はすぐ隣に居るのに、視線は離れたまま。


「綱海さん」

名前を呼んで、漸く目が合う。

「ここから俺んち、まっすぐですよ?」

まっすぐ目を見て、それから笑った。
そして思いっきり走りだす。


「置いてっちゃいますよーっ!」

後ろを振り向かず叫ぶ。
家までの距離なんて考えていない短距離用の全力疾走。

途中で息が続かなくなって、それでも足を上げ続ける。
家が見えて、倒れこむようにその中に転がり込む。
茜色の空を見上げ、自分の呼吸の音だけが大きく響く中に、少しずつ綱海の足音が混ざっていく。
その音は自分の頭のすぐ隣で止まる。

さっきまで綱海が見上げていた空に綱海が割り込んでくる。


「無茶すんなよ」

「無茶、したかったんです」

苦い笑いを浮かべて差し出してくれた綱海の手に、自分の手を重ねる。
ぐんっと引っ張られる体。
目の前に立てば、一年前よりほんの少し目線の高さが近い。


「綱海さん、俺、来年綱海さんと同じ学校受けます」

それはまだ親にも伝えていない密かな決意。
綱海がサッカーの強い高校を選んだ時から、密かに決めていたこと。

「俺と一緒に全国で優勝しましょう!」

沢山の夢のかけらが合わさって出来た夢。


「今はお互い知らないことばかりでも、いつか俺と一緒に『日常』を作ってくれませんか?」


視線が絡んだままそう告げると、綱海はその強い視線を遮るように手で自分の目を覆い隠す。


「あー、俺、マジで嫁みてぇ…」

でもその視線はもう天を見ることはない。
長い指同士の隙間が、一瞬だけ途切れた立向居との視線をすぐさま繋げる。


「まさかお前の方からプロポーズされるたぁなぁ」

呆れたように続けられた予想外の言葉に、立向居はかあっと赤く染まる。

「プッ、プッ、プロポーズだなんて、そんなっ!」

「照れんなって!お前の気持ちしっかり受け取ったぜ」

そう言うと顔を覆っていた手を立向居の頭に移動させる。


「でもよ、嫁はお前の方だかんな!」

くしゃりと頭を撫でると、立向居を横抱きに抱き上げる。

「うわっ!」

突然の事に綱海の首に立向居がしがみつく。
自然と近くなった顔に、綱海がにかっと笑いかけるてくる。

「そんときゃ、今度こそ俺の子産んでくれよな!」

それは立向居もよく知っている見慣れた笑顔だった。


知らないことばっかりでも、ちゃんと大切な事は知っている。
・・・そう確信出来るようなきらきらとした笑顔だった。


「よーし、今から子作りのリハーサルでもすっか!
俺、立向居のことあんまし知んねーけど、多分立向居の躯の事だきゃあ、お前よりよーっく知ってっかんな!!」

「綱海さんっ!!」



 

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