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部長である立向居が部室の鍵を返して戻ってくると、いつもと変わらない笑顔で綱海は迎えた。


「俺たちも早く帰ろーぜ」

もう誰もいないグラウンドで綱海が夕日を背に立向居に笑う。

「あー、早く帰って今度は立向居と二人っきりで激しい運動がしてー!」

にかっと笑ってさらっととんでもない事を言うところもいつもと変わらない。


「つっ、綱海さんっ!」

立向居がすぐ真っ赤になって怒るのも、いつも通り。
いつも通りのやり取りを綱海と久しぶりに交わせたこと、それが立向居には堪らなく嬉しい。


だから気付けない。
夕日で逆光になってよく見えない綱海の顔が、逆に立向居の事を眩しそうに見ていることに。


「なあ、家まで競争しねぇ?」

「いいですよ。負けませんからね!」

綱海が構える前に立向居が走りだす。


「ずっり!俺に勝つ自信ねぇからってずりぃぞ!」

「早く帰りたいって言ったのは、綱海さんですよーっ」


家までは歩いても15分。
夕焼けに染まった住宅街を二人は駆け抜ける。
立向居のスポーツバッグがパタパタと音を立てて背中に当たる。


「どうした立向居!GKだからって走りこみ足んねーんじゃねー!?」

幾つかの角を曲がったところで綱海が十数秒のハンデを物ともせずついに立向居を捉える。

「バッグが邪魔で走りづらいだけですっ!」

大きな声で怒鳴りながらの全力疾走。
並んで走って、でもすぐ立向居が遅れていく。


「置いてっちまうぞー!」

「くぅ〜っ!」

綱海の声に立向居はただ顔を真っ赤にして唸るぐらいしか出来ない。
体力には自信があるのに、走るスピードに付いて行けない。


このまま、勝負はついてしまうと思った瞬間、綱海が突然立ち止まる。
そして大きく天を仰いだ。


「どっ…した、…っですか?」

追いついて息も切れ切れに立向居が訊ねる。


「道、わっかんねー」

返ってきた答えは、思わず笑ってしまいそうな単純なもの。
でも、天から視線を落とした綱海の顔は単純なんかじゃ無かった。


――今日一日の抑えていた感情が一気に噴き出した顔をしていた。


「俺、立向居のこと何も知らねーのな。
帰り道も、ご飯茶碗も、部活の仲間と普段どんなことしてんのかも」

そしてもう一度綱海は天を仰いだ。


「お前の普段の生活に、俺、どこにもいねーじゃん」




 

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