立向居くんのしっぽU



「…はよー」

立向居が欠伸をしながらリビングのドアを開ける。
今日は卒業式の次の日だから、部活は大分遅い時間からしか無い。
久しぶりにゆっくりとした時間に起きたから、家族はもう食事は済んでいるはずだ。
父親の出勤時間は既に過ぎているし、母親のパートの時間ももうすぐのはずだ。


「勇気!まったくアンタはこんな遅か時間まで寝て〜。
ほんとっ、恥ずかしかぁ〜」

案の定リビングに入った途端、母親の怒り声が飛んでくる。
慣れたもので寝起きの頭はその声を右から左へと素通りさせる。

だが、続いて聞こえてきた声に立向居は一瞬ですっかり目が覚めてしまう。


「そうだぞ、立向居〜!遅っせーから待ちくたびれたぞ!」

母親の向かいで山盛りのご飯に明太子を乗せて、口いっぱいに頬張っているのは確かに綱海。
滅多に会えない、家族にも内緒の恋人だった。


「綱海さん!?」

「おう!」

立向居が目をまん丸にして驚いているというのに、綱海はいつもと同じ調子でにっかりと笑う。


「この明太、うっめぇーなぁ!
ねえおかーさん、おかわり貰っていいっすか?」

「もうっ綱海君たら、お母さんだなんて。
もう年なのは十分自覚してんだから、おばさんって呼ばれたって怒んないわよ?」

「いやあ、立向居のかーちゃんなんだからおかーさんっすよ。
おかーさん、おかぁーり!!」

今度は空になった茶碗を掲げて言う。

「はいはい、なんだか綱海君ってばお嫁さんみたい」

茶碗を受け取りながらおかわりをよそいに行く母親に立向居はどきっとしてしまう。
それなのに綱海は母親の言葉に他意無く笑う。

「えー、俺が嫁かぁ!
ねーおかーさん、俺、図体でけぇけど嫁に来ていー?」

「えー?家事手伝ってくれるんだったらよかよー」

「おーう、手伝う手伝う!いっぱい手伝っちゃう!
立向居、聞いてたか?俺たち、おかーさん公認の仲だぞ!」

目の前のやりとりに内心ずっとドキドキしっぱなしだった立向居は、
急に綱海に自分の方を見られて戸惑いで言葉も出ない。


――こ、こんな話になんて言っていいか分かんないよ〜!


母親は自分たちが恋人同士なんて勿論知らなくて、綱海の話は当然冗談と思っているはずだ。
でも多分…。

ちらりと見る綱海は上機嫌で、しかもおかわりの山盛りご飯と明太を受け取り鼻歌交じりでほくほくしている。

うん、多分綱海さんは本気だ。
本気で俺の親だから「おかーさん」で、親の冗談みたいな許可にも本気で喜んでいる。


――う、ん。綱海さんらしい。
裏表とか無くて、いつでもまっすぐで。
…へへ、変わらず俺の事、好きでいてくれたんだ!!


嬉しい。

漸く綱海と久しぶりに会えた実感が湧いてくる。

嬉しい。


「綱海さん!雷門中に向かう約束の日は明日でしたよね?」

立向居がうきうきと綱海と向かい合うようにテーブルに着きながら言う。

「へへー、俺んとこ今補習期間中でよ。
暇だから早く来ちった」

「えっ!?じゃあサボっちゃ駄目じゃないですか!!」

「ヒデェ!俺、赤点ねぇぞ。今回はな!」

自信満々で言う綱海が可愛くて、立向居は思わず噴き出す。
立向居が笑うと、綱海まで笑い出す。


――あー、なんかすっごい楽しくって嬉しい!!


「綱海さん!今日部活に卒業生が全員で来るんです。
綱海さんも一緒に部活行きませんか?」

「おっ、いいねー。うっし、久しぶりに立向居とサッカーだな」

くしゃって笑う顔が前に見た時と変わってなくて、
笑った顔も、変わっていない事も嬉しくて堪らない。


「綱海さん!今日いーっぱい練習して明日の雷門中での試合、絶対勝ちましょうね!!」

「ははっ、立向居やる気だな。
よっ!流石だな、陽花戸中新キャプテン!」


立向居が思わず立ち上がって拳を握ると、綱海が笑い出す。
母親まで一緒になって笑うから立向居は真っ赤になって椅子に座ってしまう。

それでも立向居は思った。

綱海さんが居て、
先輩達が部活に来てくれる日に一緒にサッカー出来るなんて、なんて最高の一日なんだ!と。

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