10
「いやあ、本当は分かってたんだ。
それがただの瘤だって。
お前も何回も言ってたし、痣だって出来てるしな。
…でもよ、それが本当に『しっぽ』だったら都合良いなって思っちまってよ。
ついつい言い張っちまった」
たははと綱海が誤魔化すように笑った。
「…つっ、都合良い?」
立向居がひゃくり上げながら、濡れた瞳を綱海に向ける。
そのまっすぐな瞳から逃げるように、綱海は顔を背けて自分の頭に手を持っていく。
「〜〜っ、言い辛ぇっ!」
突然しゃがみ込んで頭を抱えてしまった綱海に、びっくりして立向居の涙も引っ込んでしまう。
「つっ、綱海さ、ん…?」
伺うように顔を傾ける立向居をちらりと見て、綱海ははぁ〜っとやけに長い溜息を一回ついた。
「泣かせちまったのは俺のせいだもんな。
悪いと思ってるから理由言うけどよ!
言っとくけど、理由聞いても引くんじゃねーぞ」
やけに長い前置きに立向居はつい身構えてしまう。
引くような理由って何だろう?
そんなの見当も付かない。
立向居が首を捻る中、綱海は片膝を立ててその上に腕を乗せて半分顔を隠して口を開いた。
「しっぽが、つーか赤ちゃんが出来たらよ。
まあ、あれだ。…皆に立向居が俺の恋人だって分かるだろ?」
……。
一瞬の思考停止ののち、立向居は驚きの声を上げた。
「…えっ!?
そ、それだけですか!?」
そう言えば、腰に瘤が出来た次の日にはそんなことも言われたような…。
でも、それだけの理由であんなにも綱海が変わってしまったなんてすぐには信じられない。
「それだけって言うけどなぁ!
…お前、俺のこと皆に秘密にしたがるし。
それによぉ、もうすぐ離れ離れになるってのに全然平気そうじゃねーか。
好きだって言うのも、セックスに誘うのも、いつだって俺ばっかだし。
なんか俺ばっか好きみてーじゃん」
「……」
綱海の言い訳みたいに続けられた言葉が一概には信じられなくて、立向居は言葉も無く目を見張る。
「しかも赤ちゃん出来たかもしんねぇから皆に言おうって言ったのに、お前はそれでも拒否るしよ。
赤ちゃん出来たかもって言っても全然嬉しそうじゃねぇし、むしろ嫌そうだし。
ああ、やっぱり俺とは傍にいる間だけの関係がいいのかなって思えてきて。
そしたら何かやってられなくなってよ。
意地になっちまって、赤ちゃんに託けて普段したくても我慢してたことやっちまった。
そのぉ…、お前の事、束縛しちまった」
「……」
理解の範疇を超えた理由に、立向居は戸惑い言葉が出ない。
今まで悩んでいた事が、急にひっくり返されたみたいだ。
だが綱海はそんな立向居の様子を引かれたと思いこみ、誤魔化すように笑いだした。
「あ〜、格好悪ぃだろ?こんなの。
束縛とか独占欲とか、ノリ悪いしよ。
いいんだぜ?自分でも分かってっから、お前も幻滅したって」
「そんなっ!」
立向居は慌てて声を荒立たせる。
……今、今、綱海はなんて言った?
『普段したくても我慢してたこと』って…、それって綱海さんを変えたのは赤ちゃんじゃなくって、
…俺ってこと!?
そんな嬉しいことが「格好悪い」ことなはずが無い。
「幻滅なんてしません!格好悪いとも思いません!
俺、俺、…嬉しいです!」
止まったはずの涙がまた溢れてくる。
でもその涙の意味はもう違っている。
嬉しくって嬉しくって、どうにかまってしまいそうだった。
しかも今回は他の誰かの為じゃないかと疑う必要も無い。
嬉しさに浸りきることが出来る。
「そうかぁ?
相手にその気がないのに束縛すんのって格好悪ぃだろ?」
「だって俺はその気でいっぱいなんですから、綱海さん程度の束縛なんて大歓迎です!格好悪くなんてありません」
未だ納得のいかない様子の綱海は首を傾げて立向居のことを見上げてくる。
「…本当に格好悪くねぇ?」
「はい、綱海さんはとってもとっても格好良いです!」
「そっか!」
涙の引っ込んだ立向居の太鼓判に、綱海が元気に立ち上がる。
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