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今の時間なら綱海はまだ海にいるはず。
立向居は重い足取りで、それでも一歩一歩海に向かって歩き出す。


綱海さんに何から話せばいいんだろう…。


しっぽが無くなってしまったこと。
やっぱり子供は産めないこと。
でも、ヒロトに頼めべ産めるようになること。
でも俺自身は赤ちゃんがいる生活が想像できなくて無責任な行動はしたくないこと。
そして自分が綱海のことを途轍もなく好きなこと。

話さなきゃいけないことが多すぎて、上手く伝えられるか自信が無い。


どんな風に言えばいいのか決まらないまま、立向居は浜辺についてしまう。
浜辺は見通しが良くて、綱海がどこに居るかなんてすぐ分かる。


サーフィンをしている綱海は、いきいきとしていて恋の欲目抜きにしてもやっぱり格好いい。
波待ちしている時の真剣な表情も、ライディング中の楽しそうな表情も、全部が全部格好良くってつい見惚れてしまう。


「おーい、立向居ー!」

ぽうっと見惚れていると、綱海が自分に気付き手を振ってくる。
その声にはっとして慌てて立向居も手を振る。
陸に上がり、自分の方へ走ってくる綱海の姿に立向居は一気に混乱してしまう。

…見通しがいいってことは向こうからもよく見えるってことで、まだなんて話していいか決まってないのにそんな所で呆けているなんて馬鹿すぎる。
慌てたせいで話したいことを頭の中でリストアップしていたはずなのに、それさえどこかに行ってしまった。


「なんだ今日は見に来てくれたのか。
サンキューな!」

綱海がまだ濡れた手で頭を撫でてくれる。
ぽたぽたと手から雫が垂れてくる。


「立向居?」

ぽたぽたといつまでも滴り落ちる雫。
地面に落ちる雫は、いつの間にか立向居の涙に変わっていた。

頭を撫でる手が優しくて、
でも自分はその手にお返しできるようなことは何も出来ないのが悲しい。


「綱海さん、ごめんなさい…」


話したいこと、話さなきゃいけないことは全部忘れてしまった。

――今伝えたいことはただ謝罪の気持ち。


「綱、海さん…ごめっな、さっ…。
しっぽ、無くなっ、ちゃっ…。
俺、海…なっ…。
赤ちゃ…産む、自信、もっ…なっ…。
ごめっな、さっ…ごめん、な、さぃっ…」

嗚咽で言葉がちゃんと紡げない。
ただ涙だけが溢れてきて、ちゃんと気持ちを伝えられないのがもどかしい。


「綱、海さ…嫌いに、ならっ、ないで…。
嫌ぃ、に、…なっちゃ、やだっ。
綱、海さ…、綱海、さんっ」


――それと、みっともない懇願。


何回も何回も「ごめんなさい」と「嫌いにならないで」を泣きながら繰り返す立向居に、綱海は自分の前髪をくしゃりと掴んで宙を見上げる。


「あー、悪かったな。
俺の我が儘のせいでお前を追い詰めちまって」

ぽんっともう一度立向居の頭に綱海の手が載せられる。


「ちがっ、…俺が、俺がっ悪い、んですっ」

綱海の謝罪に立向居が首をぶんぶん振る。
綱海はそんな立向居に苦笑して、ぶんぶん振られている立向居の顔を両手で挟み込む。


「違くねーって。
お前は全然悪くねぇ。
俺が悪いんだからお前は気にすんなって」

両手で挟んだ立向居の顔を綱海が至近距離で覗き込んでくる。


「だってよ、最初から分かっていたのに、
ただの瘤を『しっぽ』だって言い張ったのは俺なんだからよ」



 

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