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「…俺、ですか?」

「そう、君。
君は綱海君が欲しいって望んでいるからとは言っているけど、さっきから君自身の気持ちは全然語っていないって気付いているかな?」

「…俺自身」


俺…は?
俺は赤ちゃんのことどう思っているんだろう?
改めて訊かれて、立向居は自分の心を振り返った。


一昨日は嫉妬の対象で、昨日は俺と綱海さんを繋ぎ止めるものだった。
それは今も変わらなくて、だから俺は赤ちゃんが欲しい。
でも綱海さんを自分に繋ぎ止めてくれるなら、別に赤ちゃんでなくても良い。
ただ他になんの手段も思いつかないから。
俺自身が赤ちゃんについて考えたことなんて無かった。


綱海さんが欲しがっているから欲しい。
綱海さんが離れていかないように欲しい。

・・・全部綱海さんの為だ。


「…分かりません」

暫く考えても答えが出なくて、立向居は俯いて答えた。
考えて分かったことは俺自身は赤ちゃんにあまり興味が無いってことだけ。
だから綱海さんが望んだ通りにしたいと思ってしまう。


「君は正直だね」

立向居の答えにヒロトがくすりと笑う。

「じゃあ、想像してみようか。
君と綱海君は離れて住んでいるよね?
ということは君は赤ちゃんを一人で世話しなきゃいけないことになる。
どうかな?」


想像する為に立向居は目を瞑る。
頭の中に自分と綱海、そして自分そっくりのふわふわ浮かぶ小さな赤ちゃんが思い浮かぶ。
そしてそこから綱海だけ消してみる。


「…すごく寂しいです。
それにどうしていいか分からない」

「うん、そうだね。
じゃあ次にサッカーの練習中を想像してみよう。
君はいつも通り一生懸命練習をしている。
でも赤ちゃんはほったらかしだ。
サッカーをしながら構うなんて出来ないからね。
赤ちゃんはパパにも会えなくて、寂しくって堪らない。
…ママと一緒だね。
でもママと違うのはママには他にもすることがあるけど、赤ちゃんには無いってことだ。
泣くしかできない。
どうかな?」


頭の中で、サッカーをしている俺のそばで赤ちゃんが綱海さんを思って泣き出す。
俺はサッカーがしたいのに、赤ちゃんの泣き声で綱海さんを思い出す。
そうなると心が乱れてサッカーに集中できない。


「…困ります。
俺まで泣きたくなります」

「困るよね。
でも困っても誰も助けてはくれない。
それでも君は赤ちゃんを産んだことを後悔しないって言えるかな?」


頭の中の俺は小さい赤ちゃんを抱きかかえたまま、動きを止める。


「…分かりません」

「君は本当に正直だね。…嫌いじゃないよ」

立向居の答えにもう一度ヒロトがくすりと笑う。


「でも悪いけど君にエイリア石は貸せないよ。
後悔しないと断言できるようになったら、またおいで」

そう言うとヒロトは微笑んだ。


――なんでだろう、普段通りの表情なのに目が離せない。


「俺は君も綱海君も嫌いじゃないけど、それ以上に赤ちゃんの味方なんだ。
ごめんね」

「あっ!!」

そこまで本人に言わせて気付くなんて自分はなんて迂闊なんだ。
立向居は一気に目が覚めた気がした。


エイリア学園なんて名前はこの人にとってのグランって名前みたいなものだ。
エイリア学園の本当の名前はお日さま園。
親と一緒にいられない子供が集まっている場所。


「あのっ、俺、すみませんでした!」

ランニングを再開したヒロトの背中に頭を下げる。

「よく綱海君と話してごらん。
今の君にはそれが一番必要なことだと思うよ」

最後まで立向居を心配したままヒロトが去っていく。


優しい魔法使いは、酷い事を言った自分を最後まで攻めることはしなかった。
だからこそ、魔法使いの言葉は立向居の胸の奥に深く届く。
自分の羞恥心や小さな保身を乗り越えて綱海と話そうと思えるぐらいに。



 

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