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「あの、すみません!お願いがあるんですが…」

立向居はランニング中の魔法使いに声を掛ける。
この人が自分の望む魔法を使えるかどうかは分からない。
でも、この人以外に自分の望みを叶えてくれそうな人を立向居は思い付かなかった。


「何だい?
俺に出来ることならいいけど…」

優しい魔法使いは自分のお願いにランニング中の足を止めてくれる。


「ヒロトさん、エイリア石って本当にもう全部無くなってしまったんですか!?」


そう、グランというもう一つの名前を持っていたこの人しか魔法のアイテムの行方を知っていそうな人を立向居は知らなかった。


「君には関係無いことだと思うけど?」

優しいはずの魔法使いは立向居の言葉にすっと目を細める。
ただでさえ人間味の薄い顔がたったそれだけで寒気がする程、冷たいものへと変わる。
綺麗な顔をしたヒロトの静かな迫力が怖くて堪らない。
でも、それ以上に綱海を失う恐怖は大きかった。


「俺、どうしてもエイリア石が必要なんです!
ヒロトさんならもしかしたら行方を知っているかと思って…。
お願いです、もし知っているなら俺に教えて下さい!」

立向居は必死で頭を九十度に下げた。
これで足りないなら土下座でも何でもするつもりだ。
その立向居の様子にヒロトも目の力を少し弱める。


「ふ〜ん、石の力で円堂君から正GKの地位を奪う…って訳では無さそうだね」

「あっ、当たり前です!」

そんな行為に何の意味も無いことは、目の前で見ていたから知っている。
そんな事をして大切な人達に軽蔑されるぐらいなら死んだ方がましだった。


「じゃあ、君の目的は何だい?」

至極当たり前なヒロトの問い。
でも立向居はうっと返答に困ってしまう。
ここで「赤ちゃんが欲しいから」って答えたら、芋ずる式に綱海のことまでバレてしまう。
暫く正直に答えようか迷っていると、そんな立向居の気持ちを見透かすようにヒロトが言ってくる。


「エイリア石なら、俺が一つだけ持っている。
いざって時に何かに利用できると思って隠していたんだ。
俺なら精神を支配されるような愚かな事態にはならない自信もあったしね」

とくん、と。
ヒロトの言葉に胸が大きく音を立てる。


魔法使いは本当に魔法が使える。
この人は自分の願いを叶えることが出来る。
そう思うと、鼓動が早まるのを抑えられない。


「君の返答次第で貸してあげてもいい。
…だから正直に答えてほしい。
君の目的は何だい?」


三度目の同じ質問。
でも、今回はヒロトの綺麗な顔から目が離せない。

・・・正直に話せば、願いが叶う。


「赤ちゃんが、…赤ちゃんが欲しいんです。
大好きなあの人の赤ちゃんが……!」


魔法使いは魔法のアイテムがなくても魔法が使えるらしい。
立向居の口は魔法が掛かったみたいに勝手に動きだす。


「あの人は海が好きで…、俺には海なんて無くて…、石さえあれば俺にも海が出来る…。
あの人も俺から離れていかない…」

口だけじゃなく全身が魔法に掛かってしまったみたいだ。
口だけじゃなく目からも勝手に涙が零れだす。


「そう…、君は綱海君の赤ちゃんが欲しいんだね?」

優しく抱き寄せられて訊ねられれば、もう否定なんて出来ない。
目から涙の粒を落としながら、何回も小さく頷く。


「綱海君が望んだの?」

涙で声が出せず、肯定を現そうとこくこくとまた頷いた。


「じゃあなんで君一人で俺の所に来たの?」

「綱、海…さんっ、にっは…知られ、たくっ無い。
俺のっ、しっぽがっ…偽っ、物だ、…って」

泣いていて、途切れ途切れな立向居の声。
それでも優しい魔法使いには全てちゃんと伝わっていた。


「そう…、内緒なんだね」

言いたい事がちゃんと伝わっていて、こくこくとまた頷いた。


「君は本当に綱海君のことが好きなんだね」

そう、自分は何よりも、誰よりもあの人が好き。
きっとあの人に勝てる人なんてこの世にいない。

こくこくと何回も頷く。
この人にはきっと何だってお見通しだ。


「じゃあ、君は?」

え?
質問の意味が分からなくて立向居はひっくと息を呑んだ。
この人は魔法使いで、なんだってお見通しなのに、なんだってこんな質問をしてくるのだろう。


「ねえ、君はどうなの?
……君自身は赤ちゃんが本当に欲しいのかい?」



 

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