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「お、今日はほうれん草のおひたしあんじゃん。
なー、これ立向居の大盛りにしてやってくれー」

食堂でトレイを持ちながら、カウンターの奥にいるマネージャー達に綱海は声を掛けた。

「はいはーい」

その呼びかけに、音無がおひたしの入ったボウルを持ってやってくる。
立向居のお椀に音無はこんもりとほうれん草をよそる。


「立向居君はすーぐ怪我するから、人より多く鉄分摂った方がいいですもんね」

「お、分かってんじゃん。
そうだぞ、鉄分だ、鉄分」

二人掛りでそんなお説教まがいの事をにこにこしながら言われたら恥ずかしくなってしまう。

――俺、そんなに怪我ばっかりしてるかな?

零れんばかりのほうれん草の山を見て、立向居は秘かに溜息をついた。


「おっ、そうだ!あと牛乳ねぇかな?
カルシウムも摂らねぇとな」

「はいはーい、牛乳ですね。了解です!」

音無がすぐさま牛乳を用意するためにキッチンの奥へと向かう。

――牛乳?カルシウムって俺が秘かに身長が高くなりたいって思ってること知ってるのかな?

立向居が隣の綱海のことを伺うと、綱海は耳に顔を寄せてくる。


「妊娠中は鉄分とカルシウム、それとあと何だかが大切なんだってよ」

「!!」

思ってもなかった言葉に目を見張る。
目が合うと、綱海はにっこりと笑った。


「って、平良んとこのノリ子にうちのおばあが言ってたぞ」

声と共に、とんと音無が持ってきた牛乳のグラスが立向居のトレイに綱海によって置かれる。


自分のトレイの上の山盛りほうれん草と牛乳のグラス。

――これは俺と赤ちゃんの為…?

ちょっとだけいつもより優しい綱海に浮かれていた気持ちが下降していく。


「あー、立向居君だけずるいっス〜」

「お前だって一人だけどんぶり飯じゃねーか。
我慢しろ、我慢」

「でも、牛乳は無いッスよ。羨ましいっス〜」

目の前で始まる食い意地の張った壁山と綱海の言い合い。
もう一度、自分のトレイを見る。

これは俺と、赤ちゃんの為の物。
居もしない、俺の中の赤ちゃん…。


「…あげる」

牛乳のグラスを未だぶつぶつと文句を言っている壁山のトレイの上に置く。

「駄目だ、嫌いでも我慢して飲め」

でも、すぐ綱海の手によって戻ってくる牛乳のグラス。
そしてそのまま立向居の手から奪われるトレイ。


「ほら早く来いよ。さっさと飯食おうぜ」

そう言うとぶうぶう文句を言う壁山を振り切り、二人分のトレイを持って席へと移動する。
席に着くと、綱海は自分が座った席の隣の椅子を引いて笑って自分を呼ぶ。


「早く来いって!なあ立向居」

そんな優しい態度は初めてで。
でも、それは全てどこにも無い事実の為で、立向居は複雑な気持ちで綱海の隣に座る。


もそもそと食べるほうれん草は何だか味がしない。
でも、少しでも顔を上げるとにこにこした綱海が満足そうにこっちを見つめているから、残す事も出来ない。


「なあ、俺達のこと内緒にすんの、もう止めようぜ。
皆にもめでたいことだし、祝ってほしいからさ」

中々減らないほうれん草を牛乳で流し込もうとしている時に、そんなことを綱海が言い出すから、思わず噴出しそうになる。
それを咄嗟にぐっと飲み込んだから変な所に入ってしまって、咳が止まらなくなってしまう。


「ごほ…っ!やっ、それは、ごほっ…無理、です」

止まらない咳の合間に首を振りながら、なんとか立向居は否定する。

そんな居もしない赤ちゃんを祝って貰うなんて絶対できない。
それでなくても不動は皆からホモだってことで孤立している。
自分達も同類だとはなんとなく言いづらい。

それに…、
それに綱海と「そういうこと」を既にしてしまっていると皆に知られてしまうのは途轍もなく恥ずかしい。


「えー、なんでだよ?
そもそも俺は最初から内緒にするつもりは無かったんだしよぉ。
いーじゃねぇか、なぁー?」

テーブルの上で腕を組んで、その上に顔を乗せて綱海が見上げてくる。
しかもちょんと自分の手に触れながら。
年上で兄貴肌の綱海の甘えた声に、思わず顔が赤くなる。

「あ、甘えても駄目です!」

甘える綱海は珍しく、本当だったら全部を許してしまいたい。
でも、こればっかりは譲れない。
急いでほうれん草のおひたしを食べきると、話を断ち切るように席を立つ。

「え〜、立向居のケチ〜」

拗ねた声でそんなことを言ってたのに、立向居が席を立つと二人分のトレイを片付けてくれる。
そんな綱海の態度は、すごく甘くて、甘くて、立向居の心を簡単にふわふわにさせてしまう。
でもそれに浸りきることができない。
だってそれがどんなに綺麗なお城に見えたとしても、絶対あり得ない砂上の楼閣でしかないって事を立向居は痛いほど知っているから。



 

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