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昨日の綱海さん、可愛いかったな。


朝、立向居は顔を洗ってタオルで拭きながら、昨日の夜のことを思い出す。

昨夜の綱海が見ていたのは自分の体じゃなくて、しっぽ。
自分と綱海の赤ちゃんが入っているかもしれないと思って、あんな真剣な顔で撫でていたかと思うとなんだかくすぐったい。
しかも何回否定しても綱海はしっぽだって言い張った。
『可能性に賭ける』とか『元気な赤ちゃん産んでくれ』とか。


……そんなに自分との赤ちゃんが欲しいのかな?

そう思うと嬉しくって、立向居の口は緩んでしまう。


「あー、立向居!朝っぱらから何にやにやしてんだよ。
気持ち悪いぞぉー」

「う、うるさいぞ!木暮」

嬉しさに浸っていて気付かない内に、立向居の周りには洗顔する為に何人かの人が来ていた。
しかもそれを木暮に指摘されるまで全然気付けないでいたなんて、どれだけ綱海さんのことで頭がいっぱいなんだ。
立向居は赤くなる顔をタオルで隠して、自分の部屋に急いだ。



部屋に戻って、立向居が着替えをしているとこんこんと窓を叩く音がする。

え、何?

立向居は思わず眉を寄せる。
ライオコット島に来てこんな風に外から窓を叩かれたのは初めてだ。
しかもこんな早朝に誰が何の用でこんな風に自分の部屋の窓を叩くのかさっぱり予想もできない。
不審に思っていると、もう一度、今度はさっきよりも激しく何回も何回も窓が叩かれた。

だ、誰…?

その窓を叩く大きい音に急き立てられるように、立向居は怪訝に思いながらもカーテンを開けた。
そこにはサーフボードを抱えた水着姿の綱海がいた。


「綱海さん!?」

「よっ」

慌てて窓を開けると、綱海が部屋へと荷物を放り投げてからよじ登ってくる。


「こんな所からどうしたんですか?
それに海から戻ってくる時間もいつもより早いですよね?
何かあったんですか?」

窓から部屋に入ろうとしている綱海に手を貸しながらも、矢継ぎ早に質問してしまう。

いつもは時間ぎりぎりまで海にいて、そんな綱海の為に自分が朝食を確保していて、
それを人の姿が疎らになった食堂で並んで食べるのがいつもの光景だったのに。


「何もねーって。
ただお前と一緒に飯食おうと思ってさ。
ちょっと早く切り上げて来た」

窓から飛び降りて振り向いた綱海は何でもないことのように笑った。


「う、嘘!う、海はいいんですか!?」

「おうっ、今日は少し早起きしたからな。
それより早く飯食いに行こーぜ」

ぽんと立向居の頭に手を置いてから、綱海は先に投げ込んだ荷物を拾いに行く。


「えっ、えっ、早起きって…。
もしかして俺の為にですか!?」

さらりと言われた一言に立向居は凄まじく動揺してしまう。

だって、だって、そんなの…

……嬉し過ぎる!


早起きも、何よりも好きな海でのひと時を早く切り上げてくれることも。
それが全部自分との時間の為だなんて。

嬉しくって、信じられなくて、立向居は綱海の方へ振り向く。
確認しなくちゃ、そんな嬉しいことは簡単に信じられそうもない。


「お!俺の着替え見たいって?立向居ってばエッチだな〜」

「わっ!す、すみません」

でも振り向くとそこでは綱海が絶賛着替え中。
水着からジャージへと着替えをしている最中だった。
慌てて、綱海の着替えから背を向けるように回れ右をする。


「んだよ、見ないのか?
立向居ならいつでも見ていーんだぜ?」

「い、いいです!
いいから早く着替えて下さい!」

「ちぇ〜っ」

そんなこと言われても、朝から好きな人の生着替えなんてとてもじゃないが見てられない。
綱海の日焼けした半裸に、立向居は昨夜の綱海を思い出してしまう。


洗顔中に思い出した可愛い綱海なんかじゃない。
夜の荒々しい綱海。

かあーっと立向居は自分の顔が火照るのを感じた。
これから皆で朝食なのに、朝からこんなこと思っている自分が嫌になる。
恥ずかしさと自己嫌悪で立向居は自分の目をごしごし擦った。


「目にごみでも入ったか?
見てやっから、そんなに擦るなって」

目を擦って視界が狭まっている内に、いつのまにか着替えの終わった綱海が自分を覗き込んでいた。

「ッ…、大丈夫です」

あんなことを考えていた相手の顔がいきなり至近距離にある。
もう立向居には顔を逸らす事しかできない。

「そっか?目も顔も真っ赤だぞ?
もう擦んじゃねーぞ」

「…はい」

こんなに近くにいるから、目も合わせられない。
目を合わせたら、赤いのは擦ったからじゃなくて綱海さんのせいで体が熱いからだってバレてしまいそうで。


「じゃ早く行こーぜ。
ぐずぐずしてっと折角の早起きが無駄になっちまう」

そう言って、綱海は真っ赤になって俯いている立向居の肩を組む。

「ッ…!」

急にゼロになった二人の距離。
立向居は、振りほどくことも出来ず強張ったまま、食堂まで綱海と密着して湯気が出そうな顔で移動してしまった。



 

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