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「半田、俺の合図に合わせて息むんだよ。
1、2の、はいっ!」
「んん〜っ!」
影野の合図に合わせて、半田が力を込める。
風呂釜の縁を掴んだ手の先が真っ白になる程力が入っている。
「上手だよ、半田。一回息吸ってもう一回いくよ。
1、2の、はいっ!」
「んああ〜っ!」
半田の額には玉のような汗が浮かんでいる。
染岡が腰をさすっているのも気づいてさえいないようだ。
それぐらい意識はソレに集中していた。
「頭が出てきた!
もう生まれるよ、頑張って半田!!
はい、1、2の、はいっ」
「んああああっ!!」
その瞬間、たしかに熱い塊が自分の中からずるりと生れ落ちるのを半田は感じていた。
それまでの痛みも何もかも忘れて胸に込み上げて来る愛しさに半田は呼ぶ。
「ああっ、俺の赤ちゃん!」
「ぱーっ☆」
「・・・ぱ?」
「…あー、やっぱ一之瀬だったね」
「…そうだな、こりゃ一之瀬だ」
マックスと染岡が生まれたばかりのチビ半田を前に呟く。
目の前に居るチビ半田は生まれた直後に「俺だよ」と言わんばかりに「ぱっ☆」とウィンクしながら二本の指を顔の横で振った。
今だってチビ影野達用のおもちゃのボールで逆さ踊りをしている。
どこからどう見ても一之瀬だった。
「…なんかさー、半田の顔で一之瀬みたいな事されるとめっちゃムカつくよね」
「…言えるなー。無駄に違和感が無いから余計なんかなー」
「…ねー、デコピンしてもいいかなーコイツ」
「…そりゃ駄目だろ。いくらムカつくからってそれは人としてやっちゃいけない領域だろ。
クッションで我慢しとけ」
マックスと染岡が大人気ない発言をしていると、そこへ体を清めた半田と半田を支える影野が部屋へと戻ってきた。
チビ半田の危機を察知したとしか思えないタイミングだ。
半田の姿を見た途端、チビ半田が嬉しそうに半田に向かって飛びつく。
「ぱーっ☆ぱーっ☆」
「聞いた!?俺の事『パパ』だって!!
すっげー、俺の子、天才かも!!」
顔を輝かせる半田が虚しい。
そうじゃない事はこの場に居る全員が分かっていた。
多分、半田自身でさえ。
「…半田、それ聞いてて悲しくなるから。
それに半田はパパじゃなくてママでしょ。
パパは一之瀬じゃん」
マックスのツッコミさえなんだかいつもより優しい。
「分かってるよぉ!
なんで鳴き声が『ぱーっ☆』なんだよ!?
百歩譲って☆はいいよ。
もうバレちゃったから言うけど一之瀬がパパだからだろ!?
でも『ぱーっ』はなんだよ、『ぱーっ』は!?」
やっぱり本当は分かっていた半田がマックスのツッコミにがぉっと喚き散らす。
本当の事を言っていいやらと、染岡と影野が顔を見合わせる。
こんな時マックスみたいなキャラが居ると他の人間は気が楽だ。
この時も染岡と影野は言い澱んだ答えをさらっと口にした。
「半端の『ぱーっ』デショ」
「はっきり言うなああ!」
聞いたのは自分なくせに返ってきた答えに半田は影野のベッドに顔を埋めて落ち込んでしまう。
「なんでだよ?
生まれる前からどんな鳴き声かなぁ?って楽しみにしてたのに。
オーソドックスに『はんっ』かなとか。
『はんっ』だとなんかしっくりこないから『しんっ』とかかなーとか。
ちょっと可愛く『しーちっ』とか鳴かないかなぁとか色々考えていたのに…!
それなのに半端の『ぱーっ』とかあり得ないだろっ!?」
「それは…」
「お気の毒様としか…」
ちゃっかり母性が育っちゃってた半田に染岡と影野は掛ける言葉が見つからない。
そんな中マックスだけがチビ半田を抱っこしてニヤニヤと笑っている。
「いいじゃん、ヒトデマンとかR団のニャースとか名前以外の鳴き声のポケモンってめっちゃ少ないし貴重じゃん」
「そ、そうかな」
「そうだよ。
伝説のポケモンだって名前が鳴き声じゃないんだし、もしかしたらこのチビ半田だって本当に天才かもしんないじゃん」
「そうかな!?」
珍しいマックスの慰めに半田の声がどんどん明るくなっていく。
ぱぁーっと明るい顔を上げた半田に、マックスが悪い顔で笑った。
「だといいよね☆半端君」
「やっぱ、嫌だぁああっ!!」
半田の叫び声が木霊する中、チビ半田がその声にビックリして驚きの声をあげる。
「ハンパッ!!」
その瞬間『ぱーっ☆』のぱーっは半端のぱだという事が証明された。
「ねえねえ、今『ハンパッ』って鳴いた!!
やっぱり半端のぱみたいだよ、良かったね由来が分かって」
「ちっとも良くねえええっ!!」
END
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